アルゼンチン サッカー少年たちの今


アルゼンチンレポート その7

no61 今の南米サッカー事情とジョシのセレクション決まる
 2007,7,7

 [南米選手権の衝撃波。]
 
 日本ではU-20カナダ大会とこれから始ま
るアジア杯が注目されているのではないで
しょうか?。南米では6月26日からベネズエ
ラで始まった南米選手権が大注目です。
 アルゼンチンサッカーは昔のJリーグと同
じように2シーズン制で6月の中旬からオフ
シーズンなのですが、今年はレギュラーシー
ズン中よりもサッカーの話題で盛りだくさん
です。
 ちょうどレポートを休んでいた時期と重な
っていますが、想えばリーグ戦でサンロレン
ソ(本拠地のアルマグロ地区は今私が住ん
でいる地域です。スタジアムが遠いのでイマ
イチ地元感が沸かない…)が今や絶対的な
存在であるボカを退けて優勝したことからは
じまり、そのボカがリベルタドーレス杯に優
勝して日本行きを決めた事(アルゼンチン
では欧州チャンピオンのミランとの決戦だと
いっていますが、アジア.アフリカは眼中に
ないんですね。無理もないのですが失礼
な)。そして南米選手権とU-20です。
 特に南米選手権には力が入っています。
TVのコマーシャルも面白い。
 オンボロ車で高速道路を走る親子。行き
先は郊外の朽ちたタンクで、お父さんはそ
のタンクの蓋を開ける使命があるのだそう
です。子供が聞きます、「そのタンクには何
が入っているの?」。
 それはね、とお父さん。「アルゼンチンの
喜びが詰まっているんだよ」。
 アルゼンチンは90年のW杯で準優勝と93
年の南米選手権制覇以後ずっと残念な結
果が続き、その都度アルゼンチンの“喜び”
をタンクに溜めてきたのだそうで、それから
14年も経ってタンクも満杯になって、もう古く
て耐えられないといいます。
 そのタンクを南米選手権で優勝して開け
ようと…。この14年間でオリンピックの金メ
ダルを獲ったりWユースで優勝したりしてい
るのですが、そいうことは関係ないんですか
ね?。
 CMでは親子がタンクを開けるシーンもあ
ります。核弾頭が爆発したような衝撃波が
アルゼンチン全土に広がり、人々は諸手を
挙げて涙を流しながら喜んでいます。
 日本がアジア杯を三連覇してもそういう衝
撃波は広がりそうもないのですが、今年の
南米選手権はメキシコと合衆国が招待され
ており、どのカードでもW杯と変わらない見
応えなのだからこの差は仕方がありません
ね。
 
 
 [南米のパワーバランス。]
 
 見所というか、この大会は少し考えさせら
れるところがあります。開催国がベネズエラ
であるということ。サッカーが灼熱の太陽に
は向かない冬のスポーツであることは言わ
ずと知れたこと。南半球は真冬のこの時期
に赤道に近い常夏のベネズエラでやるのは
ナンセンスだと思うのですが、実はとても意
味があります。 
 U-20南米予選もこの地で開催されてお
り、南米サッカーにおいて大きな国際大会
を連続で主催していることになります。実は
近年の南米のリーダーは大国であるブラジ
ル・アルゼンチンではなくなりつつあり、オイ
ルマネーを背景にしたベネズエラなのです。
大統領のチャベス氏は反米左派の急先鋒
で、自ら“ブッシュ大統領が最も暗殺したい
国家元首”と名乗っています。要するに南米
で一番金持ちなわけです。
 その金持ちぶりは南米各国に有無を言わ
せません。なんと、ベネズエラから大西洋岸
沿いにブラジル・ウルグアイ・アルゼンチン
までパイプラインを引いてくれるというので
す。
 ブラジルは広大な国土を持っていてもアマ
ゾン川流域の開発を制限されて、今のとこ
ろ原油の採掘実績が有りません。石油が無
いから今注目のバイオエタノールを温暖化
問題が叫ばれる前から実用化していたわけ
です。ウルグアイは国土が狭すぎてやっぱ
り石油がありません。
 アルゼンチンは産油国なのですが油田が
主要都市から離れすぎていて、パイプライン
を引いたり遠隔地の火力発電所から電力を
供給したりする資本投下が出来ないでいま
す。
 特にアルゼンチンは金が無く、高原がボカ
にいた頃に国家が財政破綻を起こしたこと
は良く知られています。今は1ドル3ペソで
為替が安定していますが、当時は1ドル1ペ
ソで、ドルとの互換性を裏付けるために国
内で流通しているペソと同じだけのドルを担
保するという“嘘(結果的に)”をついていま
した。
 結局ペソをドルで支え続けられなくなり、
国民からドルを取り上げるという暴挙に出
たわけです。想像してみてください。自分の
銀行口座が突然取引停止になり、ドル預金
が全て取り上げられたのです。これはたま
らない。
 アルゼンチンの金融機関は住民から全く
信用されなくなり、当時はみんな邦人銀行
の口座を解約して外資系銀行に移り、クレ
ジットカードを使う人すらいなくなったといい
ます。
 今はクレジットカードの利用は回復してい
ますが、銀行の信頼回復はまだまだで各銀
行は躍起になって宣伝しています。そのせ
いかどうかはともかく、公共料金の支払いで
日本のように自動引き落としが出来ないの
で毎月現金払いです。これが面倒くさい。デ
ータの管理がいい加減で時々支払い済み
の料金を再請求されたりもするし。
 簡単な解説ですが、これがアルゼンチン
発の南米金融危機の実態です。
 この結果アルゼンチンでは失業者が急増
して浮浪者が出没するようになり、デモや暴
動の頻発と合わせて軽犯罪が日常化して
治安が急速に悪化したといいます。
 治安が悪化したとはっても、それはこれま
であまりにも治安が良すぎただけであり、私
の実感としては今のブエノスアイレスは合衆
国の主要都市と大差ないか、少しマシなぐ
らいだと思います。かつて富裕国だったア
ルゼンチンは中産階級が多く、軍政も長か
ったためにマフィア等の犯罪組織がはびこ
ることもありませんでした。要するに日本と
同じように平和ボケしていたのでしょう。
 アルゼンチン発の金融危機は南米全土に
広がり、だいたいどこの国でも為替が半分
から3分の1になってしまいました。そこでベ
ネズエラのオイルマネーと共に反米左派が
台頭してきたわけです。
 
 
 [W杯よりも南米選手権。]
 
 反米ということは、サッカーではマーケット
重視のFIFAに対しても同じことです。
 例えば94年のW杯アメリカ大会のアジア予
選において、当時から合衆国に睨まれてい
たイラクが実力的に上位だったにもかかわ
らず、予選を通して不利なジャッジを受け続
てさんざん苦しめられたのは有名です。そし
て、その本大会でマラドーナが突然ドーピン
グ検査に引っかかったこと(予選の検査では
パスしていたので、マラドーナが本大会から
ドーピングを始めたのではなく予選時は黙
認されていたということでしょう)。これは
FIFA側がサッカー人気のない合衆国で客寄
せとして「マラドーナが出る大会」を開催した
かったのと、その合衆国の最重要同盟国で
ある英国と領土問題があるアルゼンチンチ
ームには勝ち上がらせたくないという思惑で
があったという噂もあります。
 02年の日韓W杯でもグループリーグの振
り分けにおいて、中国からの観客を集めよ
うとする韓国側の思惑で中国、ブラジル、フ
ランスの各チームが事前に韓国で試合をす
ることが密約されていました。
 さらにアルゼンチンは昨年のドイツW杯で
も開催国であるドイツチームと試合して不利
なジャッジを受けていますし、これからもW
杯では組み合わせ等で何かと不利な状況
が続くことでしょう。 
 先日も標高2,500m以上での国際試合を選
手の健康上の問題を理由に禁止されました
が、これは南米地域を名指しで締め付けて
きたのと同じようなものです。
 確かに高地サッカーに慣れていない選手
には標高2,500mは高すぎますが、主要都市
がそういった高地にしかない地域には観客
動員など不利な面が多過ぎるわけで、とど
のつまりこのルール下では未来永劫W杯の
招致などは不可能です。当事者にとっては
あまりにも理不尽でとんでもないルールだと
いえます。これを南米各国に広がる反米左
派に対する政治的な圧力であるとみる向き
もあります。
 その点でいくとFIFAの思惑から離れた
CONMEBOL(コンメボル・南米サッカー連盟)
主催の南米選手権はよほどやり甲斐のあ
る大会であり、特にアルゼンチンにとっては
現実的に優勝が狙える国際大会であるとい
えます。
 実際アルゼンチンは昨年のW杯以上の布
陣で望んでおり、グループリーグも全勝で突
破しました。
 特に先のドイツ大会で代表になれなかっ
たベロンは昨年から国内リーグに復帰して
見事古巣のエストゥディアンテスを優勝に導
き、その復活ぶりを受けて代表にも復帰し
ています。そのドイツ大会を最後に代表引
退を表明していたリケルメも、今年から国内
リーグに復帰して格の違いを見せつけるほ
どの活躍。何故か代表引退を返上して南米
選手権では再びNo.10を背負っています。
 そしてバルセロナで大活躍のメッシは代
表でもすっかりスタメンに定着し、堂々とク
レスポと2トップを組んでいます。
 
 
 [メッシの成長。]
 
 この三人の活躍で控えに回ったアイマー
ルとテベスは、グループリーグの二戦を勝っ
て決勝トーナメント出場が既に決まっている
三戦目に主力を温存する形となり、同じくグ
ループリーグ二勝で決勝トーナメント進出確
定のパラグアイ戦で先発出場しました。
 グループリーグを1位抜けすると次の対戦
相手はペルー、2位ならメキシコ。ただ、どう
せ優勝するのならどこが相手でも同じこと。
そう思えばアルゼンチンもパラグアイもくじ
引きの順番を決める程度の消化試合のつ
もりなのか、それまでの二戦とは打って変
わって締りのない試合が始まりました。
 前半が終わってスコアは0-0。パラグアイ
側もエースのサンタクルスを温存しているの
で、双方ともゴールの匂いがしない展開で
す。特にパラグアイは得失点差でアドバンテ
ージが有り、この試合は引き分けてメキシコ
よりも楽そうなペルーを相手にしたいという
のが本音のようです。だから実力上位のア
ルゼンチンを無理に負かそうとせず引きまく
っています。
 こうなるとアルゼンチンは大変です。そも
そも南米はもとよりどこの国が相手でも、ア
ルゼンチンとがっぷり四つになってガチンコ
勝負を仕掛けてくるナショナルチームは限ら
れているのですからいつも大変なのでしょう
ね。
 テベスはかなりパフォーマンスが高く惜し
い攻撃を繰り返していますが、相棒である
ボカの後輩パラシオスがいけない。この試
合では前線でボールを引き出して潰れ役を
買っていましたが、ただ潰れるだけで全くチ
ャンスに繋がらない。テベスもパラシオスも
身体が大きくないので前線でタメが作れず、
そのためアイマールが高い位置まで行く時
間がなくて決定的な仕事が出来ない。特に
アイマールとテベスはマラドーナの後継者と
いわれている選手達ですが、彼等をもって
しても守りに徹している相手を崩すのは簡
単ではないようです。
 そこで後半の半ばに温存されているはず
のメッシが中盤の左サイドに投入されまし
た。
 年齢的には今カナダでやっているU-20に
出られる選手ですが、もうそんなレベルには
いないことはこの試合で良くわかりました。
何より身体が強く、競り合っても倒れないの
で最後にボールを触るのはいつもメッシで
す。スピードとテクニックで一対一ならまず
止められず、中央を固めるパラグアイDF陣
のサイドをどんどん切り崩すのです。自分以
外のところでボールが納まるのでアイマー
ルもやり易くなり、メッシとのワンツーパスを
連発しています。
 メッシの活躍で膠着した試合が大きく動
き、そしてゴールが生まれました。左サイド
を崩したメッシのセンタリング、このセンタリ
ングに合わせられる長身FWがいないので
苦戦していたのですが、DFのクリアボール
がマスチェラーノの正面に来て、そのままミ
ドルを対角線に放り込んでゴールしたので
す。
 スコアレスドローを狙っていたパラグアイ
は慌ててエースのサンタクルスを入れました
が時既に遅し、試合はそのまま終わりまし
た。
 これで予選Cグループを1位抜けして準々
決勝はAグループで2位だったペルー。ウル
グアイ相手に3点獲ったチームですが格下
には違いありません。準決勝はCグループ
2位のパラグアイかBグループ1位のメキシ
コ。どうやらアルゼンチンは決勝までは行け
るようですね。
 他のベスト8進出国とそれぞれの対戦相
手は、Aグループで1位抜けした開催国のベ
ネズエラと対戦するのは、Aグループ3位な
がらも成績上位で決勝に残ったウルグア
イ。
 Bグループで2位だったブラジルは、優勝
へ向けて力の入っているアルゼンチンとは
裏腹に今大会ではロナウドやロナウジーニ
ョ等のビッグネームをを召集せずに、実質B
代表の布陣でグループリーグは苦しみ抜き
ました。対戦相手はウルグアイと同じように
3位チームのうち成績上位だったチリです。
 
 
 [ジョシのセレクション決まる。]
 
 さて今回のレポートでそっち退けになった
ジョシの話題です。
 3月のセレクションで合格したアルヘンティ
ノスJrs.を蹴って新たに受け直すベレスの
セレクションが決まりました。期日は7月15
日です。
 前回は無責任な対応をしたコーチが、埋
め合わせとして今回は帯同してくれるそうで
す。といってもドタキャンが日常茶飯事なア
ルゼンチン人なので当日までわかりませ
ん。もしコーチが帯同してくれるのなら私も
セレクションに立ち会えそうです。レポートの
内容にもご期待ください。
 そのジョシですが、未だに調子が上がりま
せん。
 現在腰高の矯正として、1.5Lのペットボト
ルを両足の内腿に巻いてウェーブリフティン
グをさせています。股を開くことで明らかに
ウェーブが大きくなり、かなりの効果が生ま
れると睨んでいます。
 それと、先週の動画で御披露した体当た
りには更なる改良が必要だと判明しました。
 腰に当たると相手は踏ん張りが効かない
のですが、その分力を受け流してしまうので
行動不能時間が短いのです。これも実戦で
試すからこそ浮き上がった欠点であり、前
向きにバージョンアップへ取り組んでいきま
す。
 リーグ戦ではスタメン確保、ほとんど先制
点を挙げていますが大量点までにはいきま
せん。やはり昨年顔を合わせた相手に覚え
られてしまっていて、以前は生半可な当たり
でも何とかなった部分が今年は通用してい
ないのです。ジョシ自身も当たりの成否でリ
ズムが変わってしまい、先週のアミスクラブ
戦では遂にノーゴールでチームも今期初め
て負けてしまいました。
 今年は負け知らずのチームが他にもある
のでリーグ戦は苦しくなりそうです。といって
も現在2位で、1位のチームとの直接対決
はまだです。
 リーグ戦の不調はコーチの起用法にも問
題があるので、ジョシ自身はそれほど悪い
状態ではありません。その証拠といっては
何ですが、ジョシが混ぜてもらっている大人
の日系人チーム「キャピタル」の試合では、
以前手も足も出なかった相手を抜き去る等
それなりに存在感を増しつつあります。
 そして、大人相手とはいえ同じくらいの体
格の選手にやられてしまう要素が段々と浮
き彫りになってきました。ジョシのプレイの欠
点は手の使い方です。
 アルゼンチンサッカーそのものの特長も、
激しさだけではなく手の使い方なのだと思い
ます。代表チームでは要所要所で見られる
手の使い方が参考になるのですが、特に目
立って巧妙なのがサネッティです(当たり方
やタイミングで参考になるのはウルグアイ代
表です)。
 手の使い方を上達させるため、今はそち
らでも工夫をした練習をしています。
 前述のウェーブリフティングを半径1mの
輪の中で20分やるのですが、その輪の中心
に天井からテニスボールと1mほどの横棒
を吊るして、手で抑えながらリフティングする
のです。手で掴んでは意味がないので、割
り箸を入れた手袋をはめて握れないように
しています。
 障害物を手で探って抑えないと、回転する
横棒や反動で揺れるテニスボールが身体
の前に現れてボールを弾きます。この動作
そのものが、リフティング王・土屋健二氏が
ウェーブリフティングのパフォーマンス中に
見せる前後で手を叩くことに通じるのではな
いでしょうか。
 ジョシはアルゼンチンサッカーの激しさに
対抗するために、当たり方を工夫するなど
してボールを受ける前の技術を習得してい
ますが、ボールを受けてからの技術は、ア
ルゼンチンに対抗するのではなく凌駕して
いくのはウェーブ理論とマッシー理論の実践
です。
 今はコートが狭くて一対一の局面が少な
いフットサルですが、サッカーのフィールドに
おいて土屋兄弟から授かった技術が存分
に発揮されることを願うばかりです。 



No62 プロを目指すジョシにとって・・・。
 2007,7,16

[バルバロと言われて。] 
    (動画はありません)

 まずは動画@をご覧下さい。C.A.F.I.リーグ
の八回戦、対戦相手は昨年2部リーグのチ
ャンピオンだったC.E.D.M.です。トップリーグ
に昇格した今年も4位でなかなかの成績。
 動画@では息子・ジョシ(黒い短パンです)
がカウンターのために体当たりを仕掛け、
不意に突き飛ばされたC.E.D.M.の選手がひ
っくり返っています。
 GKマリアノ君はあまりにも派手に相手選
手が転がったのを見て、ファールじゃないか
と思ってなかなかジョシに投げませんでし
た。カウンターを仕掛けるまでに時間がかか
りすぎてしまい、他の選手がボールに反応し
て追走したためにチャンスを逃してしまいま
した。
 このプレイ、得点には繋がらなかったもの
の体当たりのタイミングと威力は完璧でし
た。当たり方そのものはあまり上手くないの
ですが、攻守の変わり目で相手がマークを
確認するよりも早く仕掛ければ、押し方が下
手でも不意を突けるのでこういうことになる
わけです。
 この試合では出場時間が短くて同じ形の
カウンターチャンスが生まれませんでした
が、動画A、動画B(ジョシのワンタッチ)、動
画Cとハットトリックをかまし、チームも5対1
で勝って格の違いを見せつけました。
 ジョシ達 93年組は同時に2人までしか試
合に出られないため、前後半の合計 30分
間を6人で分け合うので1人 10分ほどしか
割り当てがないのですが、短い時間でも試
合を決定づける活躍をしたジョシにハビエル
オーナーコーチが「バルバロ」と声をかけま
した。


 [グレイト?、野蛮人?。]

 「バルバロと言われた。意味が二つあるか
らどっちだろう?」。
 試合に勝ったのにジョシは悩んでいまし
た。辞典で引くと語源は英語の“バーバリア
ン”と同じでその意味は野蛮人。最近の日
本語だと“イカツイ”という感じです。
 ただし、“イカツイ”が転じて“カッコイイ”と
いうことになり、現地の子供達を捕まえて英
訳させると“グレイト”と言います。一般的に
は良い意味に捉えるのが普通なのです。
 結局ジョシは憎くもない相手を一方的に突
き飛ばすという蛮行に後ろめたさを感じてい
るようです。ですが、その憎まれてもいない
相手にこれまで散々な目に遭わされている
のも事実であり、審判でさえも「お互い様」と
取り合わないのだから、そこは憎くなくても
割り切らなければいけません。
 これまでのレポートで皆さんお気付きのこ
とかもしれませんが、一連のボディーコンタ
クトを前面に押し出したプレイは、実際にプ
レイしているジョシの志向ではなく私の考え
なのです。そしてそのキッカケは、私が蛮行
を好むからではなく、これもジョシの身を守
るためです。
 アルゼンチンレポートの [その 10 何もか
もが考えられないラテンなお国 アルゼンチ
ン] を是非お読みください。このレポートはコ
ベルが昨年のリーグ戦開幕前のイースター
休暇に「ソル・デ・マジョ」というチームと試合
をした時の話です。
 当時はビデオもデジカメも持っていなかっ
たので映像はありませんが、この試合のジョ
シは2人がかりのマンマークを受けて、パス
が来る度に体当たりを喰らい続けてコートを
這いつくばっていたのです。
 家族が麻酔なしで手術をしているのを見て
いるような、身を切られる思いの試合でし
た。私は安直に息子をアルゼンチンに連れ
て来たことを少し後悔しました。このレポート
でも、いつの日か息子が大怪我をしてサッカ
ーを諦めるような顛末を書くことを予感した
ほどです。
 今でも変わらずしつこいマンマークを受け
続けていますし、昨年から一年を通して怪我
をせずにサッカーを続けられていること自
体、あの試合に立ち会った時の心情を想え
ば神様に感謝したいくらいです。
 その後はボディーコンタクトに耐えられる
身体づくりに取り組み、プレイ時にはあえて
先に身体をぶつけて間合いを広げる動きを
身につけて怪我がめっきり減りました。今は
大人のチームに混ざってそちらの試合にも
出ているのですが、かつて「ソル・デ・マジョ」
に喰らった体当たり以上のハードディフェン
スを受けつつも、先日などは相手に蹴り返し
てレッドカードで退場するほど逞しくなりまし
た。
 
 
 [カンチャ・デ・フットボル・5とフットサル。]
 
 ところで、ジョシの心配は的中しました。C.
E.D.E.M.戦の次の試合、Pineral戦で先発し
たジョシは苦手の狭いツルツルコートで調子
が悪く、ワンゴールで出番が終わってしまい
ました。頼りの突き飛ばしてからのカウンタ
ーも相手に逃げられてしまい、逃げられても
追えばいいのにボールが来るのが気になっ
て、半端に戻っては追いすがられるので結
局自由にプレイできないのです。
 このレポートで何度も書いているように、
DFをやり込んでからでないと満足なプレイが
出来ないのです。自らDFに仕掛けていくの
なら、ボールの行方はひとまず置いておい
て確実に当たることに集中しなければいけ
ません。
 私はハーフタイムでそのことを諭し、「後半
にもう一度チャンスをもらって来い」と言い放
ちました。
 ジョシは珍しく言われたとおりにハビエルコ
ーチにお願いをしました。そしてその時言わ
れたセリフが次のとおりです。
 「時間は公平に割り振っているからこの試
合にはもう出さない。それに、俺はガツガツ
やるのは好きじゃないんだ。これはC.A.F.I.リ
ーグなんだからもっと綺麗にプレイしろ」。
 つまり、先の試合で言われた「バルバロ」
は語源のとおり蛮行をたしなめる言葉だっ
たわけです。そして「これはC.A.F.I.リーグな
んだから」という意味、これが決定的です。
 ジョシ達がアルゼンチンでやっているミニ
サッカーは“カンチャ・デ・フットボル・5”とい
うもので、直訳すると5人制屋内サッカーと
いうことになり、ルール上はボールとコート
の規格がフットサルに近くても、プレイの質
はチャージのないフットサルよりもサッカー
に近いものです。こういうミニサッカーは世
界中で独特の発展をしているらしく、それら
を新しい統一ルールで括ったのがフットサル
となります。
 ここで問題なのが、伝統的なミニサッカー
とフットサルの国際的な新ルールとのすり合
わせになります。どうやらアルゼンチンでも
フットサルに近い形に変えていこうとする流
れと、このままサッカーに近いルールでやろ
うとする流れがあるようで、例えば大人とプ
レイする時にはボールアウトからのスローイ
ンとキックインがコートによってまちまちだっ
たりします。
 ジョシが日系人の大人チーム“キャピタル”
の公式戦でプレイする時はスローインで、ハ
ードマークから強烈なチャージを喰らいます
が、コベルの大人チーム“ラ・エストレジャ
(恒星の意)”の練習に参加する時はキックイ
ンで、マークが比較的緩くて怪我をしそうな
ほどのチャージはありません。つまり大人の
基準ではコベルのミニサッカーはフットサル
寄りであり、チャージが少しだけ緩いので
す。
 
 
 [C.A.F.I.リーグとF.IF.I.リーグ。]
 
 子供の場合は概ね伝統的なルールでやる
のですが、ファールに対する考え方が団体
によって大きく違います。
 コベルが所属しているC.A.F.I.リーグはアル
ゼンチン国内最大の老舗リーグであり、審
判によってジャッジが偏るもののアルゼンチ
ンの基準においてファールはあくまで普通に
取ります。ただし、近年の傾向としてよりフッ
トサルに近づこうとしていることが伺え、これ
までとは違って明らかにハードマークをする
選手が減りつつあります。
 対象年齢も5歳からなので、もともと負け
ない試合をするよりはテクニックに重きを置
く傾向があるのでしょう。とはいってもアルゼ
ンチン基準の話なのでハードであることには
変わりありません。
 さて、ここでF.IF.Iリーグという団体をご紹介
します。この団体は今や老舗のC.A.F.I.リー
グに迫るほど規模が大きくなっており、ブエ
ノスアイレスでは子供の二大リーグと目され
ています。
 このリーグの特徴は完全な勝利至上主義
であり、指導方法も体罰アリのスパルタだと
いいます。プレイそのものもゴロツキの草試
合のように蛮行がまかり通っているようで、
故意に足を踏んだりすれ違い様に平然と蹴
ったり殴ったりすることもあるのだそうです。
そして試合での動きが悪い選手にはその場
での体罰も…。
 今コベルにいる子供で、かつて別のクラブ
に所属していた時にF.IF.I.リーグ所属のチー
ムと練習試合をしたことがあるそうで、乱暴
極まりなく散々な目に遭ったと聞いていま
す。試合を見たお父さん曰く「子供にはスト
レスが大きすぎる」とのことです。そして技術
的にはC.A.F.I.リーグに分があるとも言って
います。 
 とはいえ、ここ数年C.A.F.I.リーグのタイトル
を独占しているコベルですらプロ選手を輩出
できていないのですから、F.IF.I.リーグで育っ
た選手はプロサッカーの厳しさに直結するプ
レイを身につけてよほど勝負強いのでしょ
う。体罰・スパルタ・勝利至上といった一般
的に受け入れがたいものが許容される
 実際はC.A.F.I.リーグからもリケルメ、ソリ
ン、ダレッサンドロなどが輩出されているの
ですから、プロになれるかどうかは育成の方
法論の違いだと思いますが、親も子供も本
気でプロを目指しているのならどちらを選ぶ
かと考えてみれば、F.IF.I.リーグが成長して
いるのも頷けます。
 コベルは創立から 20年に満たないクラブ
ですが、C.A.F.I.リーグにおいては既に確固
たる地位を築いている盟主的な存在でもあ
ります。そのオーナーもトレーナーも時にF.
IF.I.リーグのやり方に批判的な発言を繰り返
しており、勝利至上主義に対する嫌悪感が
伺えます。
 
 
 [突き飛ばしたら1分で代える。]
 
 私も概ねハビエルオーナーコーチやジャ
バートレーニングコーチの考え方に賛同して
います。スポーツはあくまでレクレーションな
のですから、戦い方を教えても反則を省み
ないほどの勝ち方は教えるべきではないと
思います。
 ですがジョシの場合は事情が違います。ジ
ョシは遥々日本からプロになるために来て
いるのですから、その身を置く場所は厳しい
ほど本望なのです。かといってもしも初めか
らC.A.F.I.リーグではなくF.IF.I.リーグに身を置
いていたとしたら、とっくに大怪我をしていた
ことでしょう。例えば相手が常に前出のソ
ル・デ・マジョのようなチームだとしたら、そ
れは当時としては逃げ出したくなるほど恐ろ
しいことです。
 でも今は違います。もうC.A.F.I.リーグの同
年齢を相手にするのでは物足りなくて大人
の試合にも出ているのですから、故意のラ
フプレイでなければ臆するものではありませ
ん。それに長身のアタッカーはリーグ全体で
も珍しいので、C.A.F.I.リーグであってもタイト
マークされることには変わりがなくこれまでも
十分揉まれてきました。
 今年は昨年以上に短い出場時間の中でも
1点は取るようになっているので、今は試合
で何点取るかよりもセレクションに向けた実
戦感覚を磨く場所として捉えています。コー
チに野蛮と言われようとも、ソル・デ・マジョ
やF.IF.I.リーグのようなサッカーが存在する
以上は綺麗にプレイしてはいられないので
す。
 そんなジョシの心構えとは裏腹に、ハビエ
ルコーチは試合前のジョシに言いました。
「今度突き飛ばしたら1分で代えるぞ」。
 ハビエルコーチは普段の練習に立ち会わ
ないので、ジョシにとっては試合の時だけの
足枷です。何度も書いているようにジョシが
ボールを受ける前に突き飛ばしてもファール
になったことはないし、何よりもトレーニング
コーチが挙げるジョシの長所が“力強さ”な
のです。
 理不尽とも取れるオーナーコーチの忠告
ですが、彼の立場を考えるとわからないこと
もありません。ですが、これにてプロを目指
すジョシにとってのコベルでの試合はあまり
意味がなくなってしまいました。
 突き飛ばすなと言うのならこれからは別の
課題である腕の使い方に腐心していきます
が、時々休んでも試合に出る時間には影響
がないようなので、足枷付きであればホー
ムの試合ならまだしも長距離を移動するア
ウェイの試合へは遠慮することになるでしょ
う。たった 10分そこそこのために半日潰す
のは時間の無駄です。
 お世話になったチームには愛着もあります
が、公式戦の審判が反則としないプレイを
咎められるのであれば、それは誰のためな
のかということです。ジョシのためではありま
せん。
 
 
 [南米選手権の顛末。]
 
 このレポートを書いている最中に南米選手
権の決勝があり、優勝間違いなしと思われ
ていたアルゼンチン代表がブラジルに完封
負けしてしまいました。
 ベストメンバーではないとはいえ、ブラジル
に守りを固められてカウンターを狙いをされ
ては苦しいですね。先制点を奪われたアル
ゼンチンは完全にゲームプランが狂い、遅
攻で攻めきれずにカウンターを喰らって負け
たのです。偏にドゥンガ監督の采配による勝
利でしょう。それと、遅攻の鍵である大型FW
のクレスポが大会2試合目にPKで足首を捻
って戦線離脱したことも響きました。
 アルゼンチンの敗因は、クレスポを失った
のにその後も遅攻の力攻めで勝ち続けたこ
とにあるでしょう。本来メッシとテベスで2トッ
プを組むならカウンター狙いでよかったはず
です。彼等のようにスピードとテクニックが売
り物の選手なら速攻から決定的なラストパス
が出せるのですから。
 そういう意味で戦犯はチームの状況に合
わせた采配をしなかった監督なのでしょう
ね。それとカンビアッソかな?、攻守に渡っ
て足を引っ張りました。アイマールが控えて
いたのに交代のタイミングがいつも一緒で
す。ベロン、マスチェラーノ、カンビアッソの
中盤は、守りたいのか攻めたいのかよくわ
からない構成でした。やっぱり監督が悪いん
ですね。マフィアの親分みたいな風貌でし
た。
 負けはしましたが、私が注目していたサネ
ッティの“手”は、ブラジルのエース・ロビーニ
ョにほとんど仕事をさせませんでした。これ
はサネッティに注目していた私達親子にとっ
ては何よりの収穫です。負け惜しみですけ
れど。
 負け惜しみついでに、私が南米選手権で
応援していたのはアルゼンチンではなくウル
グアイです。そのウルグアイが準決勝でブラ
ジルをPK戦にまで追い込んだのですから、
古豪ウルグアイは負けても名を上げたとい
ったところでしょう。決勝カードがアルゼンチ
ン対ウルグアイならアルゼンチンが勝った
のでしょうけれど。 
 南米選手権は終わってしまいましたがア
ルゼンチンのU-20は続いています。アルゼ
ンチンレポートで取り上げたアグィエロは頑
張っていますね。考えてみれば 16歳でトップ
デビューした彼は同年代の選手達と試合を
するのは久しぶりなのですね。同年代といっ
てもまだ 18歳だから対戦相手もチームメイ
トも年上ですけれど。
 昨年のアルゼンチンリーグではファンタジ
スタという感じではなかったのですが、同年
代との試合だとテクニックが光っています。
このレポートを読んでいる皆さんならお気付
きでしょう、彼は曲線ドリブルでバンバン抜
いていますよ。日本ではアジア選手権の方
が注目されているとは思いますが、U-20の
連覇を狙うアルゼンチンにも是非ご注目くだ
さい。
 
 



no63 セレクションはどうなったかとジョシの進化
 2007,8,25
 
 [セレクションはどうなったか。]
 
 7月15日と予告したベレスのセレクション
はまだ始まっていません。何なんでしょう
ね。でも、海外に住んで日本の海外向け放
送などを観ていると、時間を守ったり約束を
守ったりするのは日本独特の文化なんだな
って最近理解するようになってきました。
 こういうことが守れないから「契約」という
堅苦しい制度が必要なわけで、これを逆手
にとれば契約していない以上履行義務は無
いということにもなります。要するに口約束
はアテにならないし、また約束を守らなかっ
たところで悪意があるわけでもないし、とに
かくいい加減なのですね。
 かといって他人の善意に縋らなければ何
もできないことも多々あるのですから、この
いい加減な連中と如何に付き合うかという
点では、相手にキチンと文句を言えるくらい
に濃密な信頼関係と利害関係をつくるしか
ありません。外国ってそういう所ですね。
 さて、繰り返しますが7月15日のセレクショ
ンというのは全くテキトウな情報であり、実
はこの時点では息子・ジョシのトレーニング
コーチであるチャパー氏(本名マルセロ・セ
ダニ。チャパーは鉄板という意味で、GKだっ
た選手時代のアダ名)はベレス側に何のア
プローチもしていませんでした。この7月15
日の前日になって「ベレスは冬休みだから
再来週だね」と言い出したのです。
 もちろん私も前日まで何も知らなくてもノホ
ホンとしていたつもりはないのですが、何し
ろ期日まで余裕がある時は「来週電話して
確認を取るから連絡するよ」と言われ、期日
の一週間前になると練習日に来なくて約束
をすっぽかすのです。さらにいつも携帯や家
に電話しても出ない。実はこれを年明けか
ら春先のセレクションの時もやられたので
す。
 今回は何も信用しないつもりでいたのです
が、本人が「セレクションの当日には俺も行
くから」と言うのでやっぱりアテにしてしま
い、これが油断になりました。
 
 
 [登録完了。]
 
 7月の下旬になってようやく「今日ベレスに
行って来たよ」と伝えられ、セレクションの正
確な期日が8月3日であり、時間は午後2:
30。コーチが登録を済ませたので今回は特
別なエントリーシートが不要となり、医師の
診断書と身分証明書を用意するようにと言
われました。
 それまで何度確認しても7月15日と言って
いたのは何だったのでしょう?。ただし、「た
ぶん一緒に行ける」とまたしてもアテになら
ないことを言っていたので、自分で行く事態
も考えてセレクションの会場を確認しようとし
たら「今手元にないから来週君に電話をす
る。俺はその週にバケーションを取るから練
習には来ないけれど、セレクションには行く
つもりだから」と言うのです。
 しかし案の定電話をかけて来ず、セレクシ
ョンの前日になっても私達は会場がわから
ないままでした。もちろんこちらからはコー
チと連絡が取れず、家に押しかけようとして
も雇い主すら住所を知らないのでお手上げ
になってしまいました。
 とにかく登録は済ませてあるのだからベレ
スで確認すれば会場だけはわかるはずで
す。「一緒に行く」と言っていたコーチが来な
いのは残念ですが、自分で調べれば事足り
ます。そう割り切ってセレクション当日の朝
にベレスに電話をかけると担当者不在で全
く要領を得ず、電話の相手はセレクションの
存在すら知らない有様でした。
 当方の語学力にも問題があるので、友人
の日系人に頼んで再びベレスに確認すると
会場の住所を聞きだすことには成功しまし
た。何のことはない、時間に合わせてベレス
の本拠地に行けば済むようです。これで万
全、あとは遅れないように行動するだけです
(こういう常識があるのは日本人だけのよう
ですが)。
 
 
 [会場はどこだ?。]
 
 ブエノスアイレスは北半球なので日本が夏
なら今は冬です。冬といっても先月降った雪
は八十何年ぶりの天変地異だそうで、普段
は水溜りが凍らない程度にしか寒くならない
のですから東京の冬と比べるとだいぶ温か
いです。
 晴れた日は真冬であっても 20゜前後まで
気温が上がります。ただし、東京の冬は晴
天続きなのに対してブエノスアイレスは曇り
空が多くそういう日は寒いわけですが、内陸
で山が無い土地は雨雲が通り過ぎるので降
雨が少なく、雨の日は週に一回ぐらいでしょ
うか。全体的には過ごしやすいといえます。
 だけどセレクションの当日は雨が降りまし
た。
 皆さんご存知のとおりサッカーの試合は雨
が降ってもやるもので、普通は練習も天気
に関係なくやるものです。当然セレクション
も天気は関係ありません。ただ、雨の中で
サッカーをするとビショビショになるので、こ
の日は着替えの下着も用意して家を出まし
た。
 目的地のベレスの本拠地はブエノスアイレ
ス市内にあり、地下鉄と電車を乗り継いで
30分程の場所。他のクラブの立地を考える
と交通事情も含めて比較的近い所です。1
時間前に現地に着いてから昼食を済ませ、
10分前には会場に乗り込みました。
 コーチには 500人程がアルゼンチンの全
土からから集まり、飛行機で駆けつける者
までいるだろうと言われていたのですが誰も
いません。クラブの職員に尋ねると「場所は
ここじゃなくて“ビシャ・オリンピカ”という練習
場だよ。タクシーの運転手に“ ビシャ・オリン
ピカ ”と言えばわかる筈だけど、少し遠くて
高くつくよ。それと、今日は雨だからやって
ないかもよ」と言われました。
 なんと!、場所が違う ?!。 事前にクラブ側
に確認してもコレです。しかもクラブ内の職
員にも今日のたった今セレクションをやるか
どうかもわからないなんて!。南米とはいえ
アルゼンチンはこの地域おいて先進国であ
り、しかもここは田舎の貧乏クラブではなく
首都の名門クラブですよ!。もう、いったい
誰を信じればいいのか、誰なら正確な情報
を持っているのか。そして更なる疑問、他の
セレクションを受ける連中はどこから情報を
得ているのか。
 
 
 [雨にも負けず。]
 
 :ショックはあるもののセレクションの時間
はもう迫っています。タクシーで行けるのな
らまずはタクシーを捕まえるのみ。こうして
捕まえたタクシーの運転手に「“ ビシャ・オリ
ンピカ ”に行ってくれ」と言うと、これまた思
ったとおり「そこはどこだい?」だって!。
「俺はわからないからそこのべレズの入り口
に行って場所を教わってよ」と運転手に道を
聞きに行かせた次第であります。考えてみ
れば、ベレスのファンでもない流しのタクシ
ーの運ちゃんが郊外の練習場の場所まで
知っている訳がありませんよね。 
 さあタクシーが走り始めました。とにかく現
場に行けば一番信用できる情報が得られる
はずだし、何よりも時間は過ぎています。急
がなきゃ急がなきゃと思っているうちにタク
シーは高速道路に乗りました。少し遠いって
…、何だかスゴク遠そうじゃありませんか。
 高速道路を 30分走って、もう市内ではあ
りません。メーターの数字は容赦なく走った
距離だけ増えていきます。高速道路を降り
て脇道に入ると舗装されてもおらず、車体を
激しく揺らしながら尚もタクシーは猛進して
いきます。
 「帰りはどうしようか、もう公衆電話もない
し流しのタクシーどころかすれ違う車もな
い」。そんなことを考えていると前方に牧場
が見えてきました。牧場の看板には“ビシ
ャ・オリンピカ クルブ ベレス・サルスフィエル
ド”と書いてあります。よく見ると牧草だと思
ったのは毛足の長い芝で、ゴールポストの
数からすると 10面近いサッカーのフィールド
が区切られていました。
 やっと着きました。でもセレクションで 500
人は集まっているはずなのに誰もいませ
ん。また場所が違うのか?、嫌な予感がし
ます。
 正門にいる職員に聞くと、この場所がセレ
クションの会場なのは間違いないのです
が、雨で来週の金曜に順延したので今日は
やっていないということでした。それと、ベレ
スのセレクションではチームのバスを出した
りはしないので、受験者は自力でここまで来
なければならないと伝えられました。
 危うく遅刻でチャンスを逃すところだったの
でとりあえずは“ホッ”としましたが、雨が降
るとセレクションをやらないってどういうこと
でしょう?。
 雨が少ない国なので濡れたグラウンドが
得意な選手はいないだろうから、セレクショ
ンで実力を見るならコンディションが良い日
の方が都合が良いのでしょう。だけど飛行
機に乗ってでも駆けつける連中は一週間ズ
レても平気なんですかね?。来週も雨が降
ったらまた順延なのでしょうか?。
 とにかく今回は正確な連絡先の番号を聞
きだして“次”に繋げました。コーチさえ掴ま
えられればこんな苦労はなかったのです
が、どうやらセレクションを自力で受けると
いうのは簡単ではないようです。
 
 
 [何人受かるのか。]
 
 こんなことで本当に 500人も集まるのか
…。そう思っているとTVで大人のセレクショ
ンの模様をやっていました。“アトラス”という
地方リーグに所属しているクラブのセレクシ
ョンでしたが、 350人集まっていました。春
先(こちらでは秋口)にジョシが受けたアルヘ
ンティノス.Jrs.のセレクションでも 200人集ま
ったというし、やっぱりプロになるためには
どんな悪条件でも人が集まるみたいです
ね。
 ちなみに前出のアトラスのセレクションで
は6人合格したようです。6人受かると同じ
数だけ去るのですから受かるのも残るのも
簡単ではありません。ジョシが受けたアルヘ
ンティノス.Jrs.のセレクションは新チームの
立ち上げだったので 30人近い合格者がい
ましたが、今回はそういうわけにはいきませ
ん。
 本当に凄いヤツは春先にどこかのチーム
入っているはずなので、セレクションで顔を
合わせる連中は強敵揃いということにはな
らないでしょう。それに、今回は 93年生まれ
の子供達だけの特別なセレクションだと聞
いているので、春先に結成した新チームか
らそれなりの数の落伍者を出していくのだと
思います。こうして淘汰を重ねて本当のプロ
選手を育てていくので、とりあえず集めた新
チームを最初に篩にかけるこのタイミング
は、比較的合格者数が多い最後の機会とな
るでしょう。 
 ジョシはどこまでやれるのか。自分なりに
頑張れば良いということではなく、際立った
存在感を示せるかどうかが重要になりま
す。
 
 
 [一皮剥けてきた。]
 
 そのジョシですが、今はいい感じです。ア
ルゼンチンに渡ってからウェーブに取り組ん
で急成長したというのは、このレポートや雑
誌の記事でも既にご紹介していますが、次
のステップとして取り組んでいる大人達との
練習ではこれまでかなり手こずってきまし
た。
 昨年の5月頃から大人に混ぜてもらってい
て、当時はスピードもパワーも圧倒されっぱ
なしでミソッカスでしかなかったのですが今
は違います。先日、かれこれ一年近くジョシ
と一緒にプレイしているオジサンからこんな
ことを言われました。
 「お前、日本の年代別代表選手でサッカー
協会に派遣されてアルゼンチンに来たんだ
ろ?」。
 さすがにジョシはズッコケました。「違う
よ!」。まぁこれは冗談だったんでしょう。で
も次の質問は本気です。
 「日本にいた時からそんなに上手かったの
か?」。 もちろんそれも違います。
 「下手だったしベンチウォーマーだった
よ」。ジョシのこの返答にはこの話を聞き流
していた他のオジサン達も驚きました。
 「マジ?」。
 「僕はね、アルゼンチンに来てから上手く
なったんだよ」。
 オジサン達はジョシのリップサービスに満
足そうでした。「俺達とやって上達したんだよ
な!」。
 今はもうミソッカスではないし、オジサン達
にも認められつつあるようです。
 
 
 [腕がポイント。]
 
 実のところテクニックはこの一年でそれほ
ど進歩していません。それでは何故今までミ
ソッカス扱いしてきたオジサン達が急に認め
はじめたのかといえば、それは腕の使い方
なのです。
 先の南米選手権で見たサネッティの腕の
使い方が最高の教科書になりました。ただ
腕を広げるのではなく、腕の角度や力の入
れ方が問題なのです。
 曲げた腕を腕力で伸ばして敵を遠ざける
のはどんなに腕力を鍛えても無理です。こ
れでは片腕の腕立て伏せでジャンプするよ
うなもので、最大筋力を瞬時に発揮できな
いために相手を跳ね飛ばす程の力をつくり
だせないわけです。加えて、腕力で相手を
動かそうとすると反作用で自分の身体も動
いてしいます。こうなると体重の軽い方が不
利です。
 ここは逆に腕力を使わずに腕を伸ばしっ
ぱなしにして体重で押すのです。こうすると
力の無い子供でも自分の体重分の力を瞬
時に生み出せますし、反動を受け止めるた
めに踏ん張る必要もないわけです。物理的
には質量保存の法則ということだと思いま
す。並べてぶら下げた鉄球がカチンカチンと
同じ数だけ動くアレです。 
 こうした動作に行き着くまでにはそれなり
の試行錯誤がありました。特にパスが来る
前にマーカーを突き飛ばしてフリーになる為
に押し方や身体のぶつけ方を工夫してきた
のが役立ちましたし、さらにナンバの動きが
筋力よりも重力(体重)を利用することが効
率的であることにも気付かせてくれたので
す。
 こうして腕の使い方に腐心してみると、ア
ルゼンチン人とはいえ日本人と比べて技術
的に突出したところがない子供やプロ選手
であっても何故か活躍できていることにも納
得がいきました。
 特にジョシの一つ歳下のチームメイトに昨
年度U-12の得点王がいるのですが、彼も
技術的には大したことがないのにやたらと
活躍しています。試合や練習時のビデオで
彼のボールキープを見てみると、やはり腕
を伸ばしてDFを抑えつけるシーンが頻繁に
ありました。そうやって不利な間合いをつくら
ないようにボールを確保しながらシンプルな
プレイだけでやっているわけです。
 逆にいえばこの不可侵な最低限の間合い
を確保できなければ、どんなに足元の技術
を磨いてもプレッシャーの強い真剣勝負の
中では発揮できなでしょう。私はここで“テク
ニック不要論”を説きたいのではなく、磨き
抜いた技術を存分に発揮するためには他
の要素もあるのだと訴えたいのです。
 
 
 [トラップでも。]
 
 今のジョシは具体的なお手本を得たお陰
でボールキープ時の腕の使い方はかなり習
得できていますが、問題はトラップ時の腕の
使い方です。この瞬間に腕を広げるのは当
たり前ですが、前述のように効果的に腕を
使う選手はアルゼンチンでもほとんど目に
することがないので、これを新たなセールス
ポイントにしていという狙いがあります。
 ボールに一番集中する瞬間だけに、背後
から飛び込んでくるDFにもケアするのが難
しくてなかなか習慣化させられないでしまし
た。この部分は壁当てを工夫することで対
処してきました。
 壁当てはキック精度を目的とせずにトラッ
プの練習であると割り切り、室内でゴム鞠を
使って3mほどの距離でやっています。マッ
シーに教わった膝下を振らないキックでほ
んの少し傾斜をつけた板にボールを蹴り、
傾斜によって僅かに跳ね上がるボールをワ
ンバウンドでトラップするというのが大まかな
やり方ですが、ここで腕の使い方を習慣化
する工夫をしました。
 まずは 1.5m程の棒を用意し、前方だけに
倒れるように固定します。この棒をボールを
蹴り出す時に後ろ手で抑え、キックと同時に
身体を反転させて逆の手で倒れる棒を再び
抑えながら3m先から戻ってくるボールを半
身でトラップするのです。
 この練習での動作そのものは大した運動
量ではないのですが、神経を使うらしくかな
り疲れるようです。ですが実際のプレイでは
フットサルであっても3m手前から勢い良くパ
スが来ることはないので、現時点では完全
に習慣化できていなくてもトラップ時に余裕
が出てきました。
 先日の練習では初めてトラップ際に背後
から飛び込んできたDFを後ろ手で捉え、身
体を入れ替えるようにして相手をいなしなが
ら難なくトラップして単独突破に成功しまし
た。本人も、この動きをモノにできればまた
一つタイトマークを無効化する術を身につけ
られそうな実感を得ているといいます。
 このサネッティ張りの腕の使い方について
コーチと話したところ、「ジョシは腕の使い方
も身体の入れ方も格段に上達している。そ
もそも俺が認めた選手でなければプロクラ
ブへの橋渡しはしないのだから、今の実力
には疑いはないよ」と話してくれました。
 帰宅後にこのセリフをそのまま妻に伝える
と、「あんないい加減なコーチの言うことを鵜
呑みにしない方がいいよ」と水を差されてし
まいましたが、こうして課題を一つづつクリ
アしていく姿は頼もしいかぎりです。
 
 
 [坐骨神経痛。]
 
 ところでその絶好調の筈のジョシは、この
数週間腰の痛みに悩まされてまともにプレ
イできない時期が続きました。
 発端は練習中に後方から来たロングパス
にヘッドで飛びついて鮮やかにゴールを決
めた後、着地に失敗して尻から落ちた時で
す。ゴキゴキッと腰で嫌な音がしたそうで
す。その時はそのままプレイしていたのです
が、家に帰ってシャワーを浴びている時に
腰が全く曲がらないことに気付きました。
 幸いにして私が漢方医療の心得でズレた
腰骨を元に戻したのですが、その後坐骨神
経に影響が残ってしまいました。足を動かし
たり歩いたりするのは問題ないのですが、
腰に大きな振動が伝わったり捻ったりすると
尾骨の周辺が痛くて練習ができないので
す。
 鍼治療を続けながらにコルセットをはめた
りして徐々に回復していったのですが、セレ
クションの数日前まで尾骨周辺の痛みが抜
けなくて焦りました。結局大事をとって医者
で腰のレントゲンを撮ったのですが、やはり
腰骨には問題がなく坐骨神経痛と診断さ
れ、痛み止めを処方してもらいました。
 神経痛は痛みを感じなくなれば自然に治
まるものなので痛み止めを飲む方が治りが
早いのです。案の定すぐに腰の痛みが取れ
て無事にセレクションの日を迎えたというわ
けです。
 今週の8月10日は(雨が降らなければ)い
よいよベレスのセレクションです。今まで何
かとレポートが書けない状況でしたが、出来
るだけ早く「朗報」をお伝えしたいと思いま
す。
  



no64 セレクションはどうなったか と サッカーでも手を使え!?
 2007,9,1
 
 [セレクションはどうなったか、その後…。]
 
 息子.ジョシのセレクションは未だ実施さ
れておりません。結局のところ前回の雨で
順延された分が無期延長となり、未だ予定
も立たない始末です。この事実を知った翌
日、私はまた寝込んでしまいました。
 この冬はワリと持っていたのですが気が
張っていた分大きな反動になったようです。
解熱剤を飲んでも39゜まで熱が上がって動
けずにまた往診を頼みましたいつものよう
にケツに大注射を喰らったのですが、今回
はタイミングが悪かったようです。
 源来病気は身体の自然治癒力で治すも
ので、発熱も白血球の活動を促すための合
理的な生理現象なのだから、病気の間に無
闇やたらと熱を下げると治りが遅くなるわけ
です。それはわかっていたのでいつもは熱
が下がり始めてから医者を呼んでいたので
すが、今回はあんまりにも辛くて…。
 まだ熱が高いうちに強烈な注射で無理に
解熱したために、病状そのものが快方せず
にかえって長引いてしまいました。熱が下が
っても全く症状が改善されません。
 私の場合は扁桃腺が過敏に反応するも
のだからとにかく咳が止まらず、あまりにも
咳き込んだので喉が荒れて血痰を吐きはじ
めました。こうなると咳をするたびに喉が裂
けそうな痛みがあって(実際喉が裂けてい
るから血が出るわけですが)、もしかすると
結核かもなんて思ってしまいました。
 こうも咳き込むと本業の鍼灸もできないわ
けで、休んだ分は取り返さなきゃいけない
のに、他人の病を治す仕事で自分が体調
を崩すと客も離れてしまうし、踏んだり蹴っ
たりです。結局発病から十日寝込んで仕事
を再開したのは半月後でした。
 私は一日に15本ほどタバコを吸うのです
が、基本的には人が吸っている時につられ
て吸うことが多くて一人でいるときはあまり
吸いません。あとは書き物をしている時とた
まに酒を飲む時だけです。実は妻も吸うの
で人につられて吸うのも今は妻のことなの
ですが、さすがに血痰を吐いてからは妻の
煙が辛くなって離れて座っています。今もタ
バコの味が不味くてあんまり吸わなくなった
ので、もしかしたらこのまま止めてしまいそ
うです。
 
 
 [“風邪”と侮ることなかれ。]
 
 ウチの家族はアルゼンチンに来てからど
うにも病気がちで、医者と話したらやっぱり
日本とは病原菌の種類が違うのだと言われ
ました。ご存知のとおり風邪という病気は一
種類の病原菌を指すのではなく、似たよう
な症状の病気を大jまかに括っているだけで
す。さらに地球全体でも地域によって流行
する病原菌が違い、アジア・オセアニア、ア
フリカ・ヨーロッパ、北米、中南米と四つに
分かれているそうです。
 これで合点がいきます。日本では風邪を
ひいても少し我慢していれば勝手に治って
しまうのに、こちらでは必ずこじらせてしまい
ます。症状が似ていても確実に病気の種類
が違うのを実感できます。特にアジア・オセ
アニアとヨーロッパ・アフリカは地続きだから
相互の繋りがあり、北米も人の行き来が多
くて季節も同じだからやはり影響があるそう
です。しかし南米は季節が逆なうえに南半
球の大陸同士が離れています。日本から見
れば一番遠いのですから風邪も一筋縄で
はいかないのです。
 私は何年か北米でも生活していたわけで
すが、その頃は風邪をひいても病状は日本
とは変わりませんでしたし、何より日本でも
北米でも風邪ごときで病院に行ったことは
なかったんです。解熱剤すら飲んだことが
ありませんでした。
 この分だとたぶんこれからも風邪をこじら
せることがあるようですね。ジョシは医者に
勧められた体質改善の薬を一ヶ月飲んで
からはこじらせることがなくなりました。私も
試してみようと思います。
 
 
 [U-17に出たい。]
 
 風邪の話はこれくらいにして、セレクション
がまだなんです。
 ジョシにとっては受験や就職活動と同じこ
となので、家族としては気が気ではありませ
ん。セレクション風景は日本の雑誌にも売り
込むつもりでしたが、期日がいい加減なの
でどうにも動けず私も困っています。特に私
の記事はもしもジョシが合格すればその後
の繋がりを含めて出版社も喰いついてくる
と思うので、私にとっても大きな転機になり
ます。要するにセレクションが私達家族の
前途を占う大きなターニングポイントです。
 韓国でやっているU-17は日本負けちゃい
ましたね。ナイジェリアとフランスが勝ち抜
けたのは結果的には順当でした。実はこの
大会は代々アフリカ勢が圧倒的に強いので
すが、この大会で活躍した黒人選手が必ず
しも順当に成長せずにプロにもなれないこ
とが多いので、年齢詐称がオンパレードに
なっているといわれています。
 そんな馬鹿なと思うのですが実際コベル
にも年齢詐称の子がいましたし、アルゼン
チンでも珍しい話ではないといいます(基本
的には自主的に詐称するのではなくて役所
の不手際ですが、結局当人は自分が何歳
かわかっているのだから事務的なミスを逆
手にとっているそうです)。MLSのアドゥやJ
リーグにいたエメルソンなんかも疑われっ
ぱなしですし、今の私の感覚としてはそうい
うものだと思っています。
 今回の日本代表は得失点差で敗退したこ
とも含めて残念です。私としても水沼Jrはあ
ざみ野FCにいた小6の時に神奈川の大会
で試合を見ましたし(この時水沼貴史とも横
浜スタジアムの通路ですれ違いました)、年
末に書いたレポートでも柿谷選手を取り上
げたから少し期待していました。
 何といってもこの大会は二年置きなので
再来年はジョシの世代になります。もう既に
新チームが発足しているそうで、もしも狙い
通りにジョシがアルゼンチンの主要クラブで
ポジションを取れれば十分狙えるわけじゃ
ないですか。今は獲らぬ狸の皮算用ですけ
れど、結局ジョシはそのために南米に来て
いるのですから…。
 
 
 [世界との差は“腕”。]
 
 韓国とアルゼンチンとは時差がありすぎて
U-17は南米チームの試合しか録画放送さ
れず日本勢の雄姿を全く見られなかったの
ですが、勝ち抜けば見られると思っていまし
た。しかし心情としては昨年のW杯でケンが
「日本はいっそ負けてしまえばいい」と言っ
ていたのと同じ気持ちで、まだ結果を出す
段階ではないと思います。というか勝ち抜け
るわけがないとすら思っています。
 それは…。
 私としても「世界とはこうやって戦うもの
だ」というのが見えてきていて、その基準で
考えると本当に日本はまだまだ。柿谷選手
も既にユースを飛び越えてトップデビューし
ていますが、日本にいる限りはいずれ伸び
悩むのではないかと思います。その鍵はも
ちろん技術ではあるのですが、実のところも
っと単純です。 
 私はmoちゃんビデオを観た時からMoち
ゃんの腕の使い方や強引さに注目せよ繰り
返していましたが、やはりそこです。
 南米選手権のサネッティを見てから色々
なシーンでの腕の使い方をつぶさに観察し
てきましたが、テクニックがなくてもソコソコ
やるためには手の使い方に尽きるのだと今
は確信しています。特にU-17でコロンビア
対トリニダート・トバゴの試合でも手の使い
方を心得ているかどうかが顕著に出ていま
した。
 
 
 [ドイツと戦えるコロンビア。]
  
 コロンビアは南米においてブラジル、アル
ゼンチンに次ぐサッカーにおける第二勢力
であり、今大会ではドイツと点を取り合った
末に引き分けるほどの強豪です。私はワー
ルドクラスとはドイツと戦えるかどうかだと思
うのです。
 ドイツという国はお世辞にもテクニシャン
を量産する国ではないのですが、フィジカル
とチーム力なら紛れもないトップクラスで
す。
 例えばアジアで強い国はだいたい日本よ
りもフィジカルが強いわけですが、そういう
のはドイツには通用しません。アフリカ勢や
北欧勢、それと合衆国も進展著しいのです
がベースにあるのはフィジカルで、やはりそ
れだけではドイツには勝てません。だからコ
ロンビアが点を取り合ってドイツと引き分け
たことが、それなりの評価に値すると思うの
です。
 トリニダート・トバゴは黒人ばかりでフィジ
カル面ならどの国とも見劣りしません。もち
ろんコロンビアチームの人種構成も似た様
なものでした。しかしこの試合でトリニダー
ト・トバゴは完敗しています。試合の点差よ
りも気になったのは局面局面での一対一、
腕を使うかどうかでした。
 思ったとおりトリニダート・トバゴの選手は
全く腕を使わず、コロンビアの選手はドイツ
戦では目立たなかったのにこの試合では誰
にでもわかるほど何度も腕を伸ばして敵を
遠ざけていました。一対一の局面では攻守
に渡ってコロンビアが制し、トリニダート.ト
バゴの選手は全く歯が立ちませんでした。
 
 
 [強豪国は強く勝つ。]
 
 この違い。つまりは人種や体格の差では
ないのです。トリニダート・トバゴには国際舞
台で活躍するほどのプロチームが存在せ
ず、つまりはサッカー文化や切磋琢磨する
環境が緩い国です。
 比べてコロンビアには南米の強豪チーム
とやり合えるチームが国内に存在し、実際
ワールドクラスになるための具体的なステッ
プがサッカー選手を目指す子供達には見え
ています。頑張ると、勝ち抜くと成功が掴め
るのです。
 だからこそ一流選手になるための椅子獲
りゲームは熾烈で、試合の勝敗や自身の
パフォーマンスに対する周囲の目、転じて
一人一人のモチベーションは、サッカーが
上手くても大して儲かりそうもない国の出身
者よりも当然高くなります。
 これまでに何度も書きましたが、日本のサ
ッカー少年達、特に県トレやJのクラブユー
スに選ばれる子供達の技術は今や相当な
水準であり、少なくともアルゼンチンの子供
達にも負けてはいません。でも強くはない。
試合をすると世界各国のサッカー強豪国の
子供達と試合をしてもまず勝てないでしょ
う。もちろん勝つこともできます。でも何度や
っても勝てるほど強い勝ち方は出来ませ
ん。
 逆の話ですが、アルゼンチンに限らずサ
ッカーで人生を掴もうとしている少年やプロ
選手達は、誰も彼もが日本人には真似でき
ないような技術やフィジカルがあるわけでは
ありません。でも、試合の相手が今回のトリ
ニダート・トバゴのような中堅以下であれば
まず取り溢しはしません。たとえ大量点差で
勝たなくても、安定した試合運びで実力どお
りの結果を出してきます。
 そこの差が例えば腕の使い方だと思うの
です。腕が全てというわけではありません
が、実力差が僅かでしかない相手にどうし
ても勝とうとして形振り構わずやるとすれ
ば、足技だけではなく腕を使いだすのは当
然の成り行きになります。つまり教わるかど
うかというよりも環境が自然にそうさせるの
です。
 
 
 [コロンビアの環境。]
 
 中米でも南米でもサッカーが国技といえる
ほど非常に盛んなことに変わりはなく、人種
を含めて考えても決定的な差は挙げにくい
と思います。特にコロンビアは政情不安定
極まりない国であり、子供が健全にスポー
ツに勤しむ環境であるとは言いがたいもの
があります。
 私も米国留学時代に何人ものコロンビア
留学生と深い繋がりを持ち、一時期はコロ
ンビア人のガールフレンドもいました。彼女
の場合はまだ高校生でも初めから英語が
達者で、二度と祖国に戻らないつもりで留
学してきたのだそうです。留学できるという
ことは貧困層ではなく裕福だったはずです
が、政情と治安が最悪な国では多少裕福で
も明日どうなるかわからないといいます。彼
女にとっては平和を求めての“脱出”でし
た。
 合衆国に来てからの彼女行動は、合衆
国、欧州、そして日本等の先進国出身のボ
ーイフレンドと結婚することでした。私は彼
女が付き合った三番目のボーイフレンドで、
その後五番目に付き合った合衆国の大学
生と結婚しました。
 もちろん玉の輿狙いで尻が軽かったわけ
ではありませんが、彼女は自分の国籍を変
えたいと強く願っており、日本人である私が
羨ましいと言っていました。スペイン系移民
なのでコロンビア生まれでも一応はスペイン
国籍だったのですが、彼女と同じ理由で祖
国を愛せないでいる中南米出身者は沢山
いました。
 私のガールフレンドのことはさて置き、コ
ロンビアにおけるサッカー少年達の育成環
境はそれほど良好ではないということを伺
える話だと思います。麻薬とギャングが蔓
延するなかで、先進国と同じように子供達
が勉学やスポーツに打ち込める環境はごく
限られているはずです。
 こういう国ごとの事情を踏まえてもコロン
ビアサッカーに大きなアドバンテージがある
はずもなく、それでもコロンビアをサッカー
強豪国たらしめているのは競争があるから
でしょう。
 
 
 [一流選手は手の使い方が上手い。]
 
 例えば手の使い方一つで確実に相手を凌
ぐことを身につければそれは紛れもない武
器であり、まずはそこをベースに純然たるテ
クニックを駆使するのがサッカーにおける
過当競争を生き抜く手段なのではないでし
ょうか。もちろん教わって身につけずとも自
然にやることであり、こういう点はサッカー
強豪国のトレーニングメソッドを学んでも出
てこないものだと思います。
 自然にやることなので個人差もあり、みん
なが同じようにやっているわけではないの
かもしれません。ですが例えばFCバルセロ
ナの試合を見ていると、ロナウジーニョもメ
ッシもボールを持つと接近してくる相手を何
度も押しのけてボールを保持し続けます。
「一流選手は手の使い方が上手い」といわ
れていますが、足元ではなく腕の使い方ば
かり見るようになると「まさにその通り」と頷
けます。
 間合いが離れている状態ではテクニックと
スピードで仕掛けるのですが、間合いが詰
まると単純に腕を伸ばして相手を押しのけ
るのです。それはまさにMoちゃんが矢島さ
んを押しのけるのと同じことでした。
 つまりいざという時にはボールを奪われな
い術があり、その裏付けがあるからこそ果
敢に仕掛けていくことができるのです。強引
なドリブル突破が勇気や積極性の賜物とい
うのは少し違うと思います。
 
 
 [マラドーナにもライバルがいたけれど。」
 
 
 簡単に考えてみると毎日トレーニングして
いるプロスポーツ選手同士が10m以下の距
離を走るのにそれほど大きなスピード差が
あるはずもなく、ましてフェイントは相手が正
面からボールを奪おうとしなければほとんど
騙されないでしょう。DFは適切な間合いを
保てば突破を防げるし、横から競りかけれ
ばパスやボールコントロールのミスを誘える
わけです。こうやって割り切っている相手を
それでも抜くのであれば、ボールを奪われ
ないようにしながら腕で押しのけるのは当
然の選択肢でしょう。
 さらにいえば、前出のコロンビアU-17がド
イツU-17と点を取り合った時にはそれほど
腕の動きが目立ちませんでした。これはサ
ッカー強豪国では腕で相手を押しのけると
いうのが常識であり、DFはそこも踏まえて
対峙するから腕だけで一対一を制する場面
が少なかったのではないでしょうか。
 腕を使う。それは日本の小学生でも心得
ている子は少なくありません。でもそれでボ
ールキープや突破ができているかといえ
ば、相手のチャージングに対して僅かに抵
抗する程度のものです。前回も書いたよう
に腕力だけで相手の体重を動かすことはで
きないのですから、腕の使い方そのものに
スポットを当てた工夫が必要なのです。一
流選手はみんなそんなことに腐心してきた
のかといえばそうではないでしょう。自然に
身につけられた者が一流選手になれたとい
うのが当たらずとも遠からずといえると思い
ます。
 世界中のテクニシャンは決まって「子供の
頃は俺よりも上手いヤツがいた」と言ってい
ます。マラドーナもそうです。そのマラドーナ
のかつてのライバルはプロになったのかど
うか忘れてしまいましたが、サッカーだけで
食えるほどの選手にはなれなかったそうで
す。この差を生んだのがそういう事ではない
のかと今私は思います。
 
 
 [腕を使うサッカーとは。]
 
 実のところ私は20年以上前からアルゼン
チンサッカーには腕の使い方に特徴がある
と聞きかじっていました。特に「俺達のフィー
ルド」というマンガでは主人公のライバルが
マラドーナ二世と呼ばれるアルゼンチン人
で腕を使った強引なプレイを売り物にしてい
たのですが、その描写がロッククライミング
のように掴みかかっては振り払うものだった
ので、実際のところその頃は何だかわかり
ませんでした。
 このマンガが印象的に残っている人もい
たようで、ネットでも「アルゼンチンサッカー
は手を使う貪欲なサッカー」だと書き込んで
いる人もいたのですが、「手を使うならJリー
ガーでもやっている」という反論もあってそ
れ以上掘り下げた話にはなっていませんで
した。
 私自身も初めから腕の使い方にスポット
を当てていたわけではありません。アルゼ
ンチンで息子の試合を見るにつけ、トラップ
際のボディチャージを何とかしなければと考
えて、パスを受ける前にマーカーを突き飛
ばす方法を思いつたのです。
 この方法はあまりにも激しいチャージング
で息子自身も引いてしまっていたので、次
に腕で突き飛ばすチャージングを始めまし
た。この腕でのチャージングでは相手を大
きく動かせなかったので、タイミング等の部
分が詰められずに思ったほど通用せず、再
び体当たりにシフトした矢先にコーチからス
トップがかかって再度腕の使い方を模索し
ていったのです。
 この腕の使い方をボールキープ時に間合
いを確保しながら相手を押しのける方法へ
応用したところ絶大な効果を生み、同年代
の子供どころか身体の大きい大人をも凌駕
できるようになったことで確信していきまし
た。効果的な腕の使い方とは、腕力ではな
く自らの体重を相手に伝えることなのです。
 
 
 [腕が使えればいいのか。]
 
 誤解がないように注意書きをしたいので
すが、テクニックがなければ腕の使い方が
上手くてもそれだけのことだと思います。そ
れはみんなやっているのだからソコソコの
選手です。ただボールの扱いが上手いだけ
だと、それもそれだけのことで吹っ飛ばされ
ます。フリースタイルをやっている人は驚く
ほど上手いけどそれだけじゃダメ。だからリ
フティングがいくら上手くても海外では「見せ
物」と言われるんです。
 実際にデッカイ選手を押しのけてからでな
いとテクニックは意味がありませんし、そう
いう激しいボディーコンタクトをしながらでも
コントロールミスをしないテクニックがあれ
ばこそ突破が出来るのです。そして、それ
はただ力が強いとか身体が大きいというこ
とではなく、これも技術です。
 前出のMoちゃんビデオの中で見せるお父
さんとの一対一でも、Moちゃんにしてみれ
ばスペースの無い空間でもどうしても目の
前の相手を抜かなければならないので、自
然と腕を使うようになったのでしょう。
 ここは卵が先か鶏かといった感じで、両方
揃ってないと世界には出られません。だか
ら日本のサッカー選手が海外で本当に通用
したり国際舞台で結果を出すのはまだ少し
先なんだと思います。
 腕の使い方は教えれば誰でも身につけら
れるでしょう。でも実際に使うかといえばそ
れも微妙なところだと思います。まず相手が
様子見で間合いを詰めてこないようだと出
番がありません。普通はそこでパスをします
から。
 それともう一つ日本には向いていない面
があります。プロを目指してサッカーを続け
る環境が少ないので、例えば部活の練習で
下級生が先輩に手荒なことをすれば反感を
買うこともあるでしょう。同級生が相手でも
同じです。部活ではなくクラブチームであっ
てもこういう面は変わらないと思います。実
際ジョシもサッカースクールで反感を買って
いました。これでは練習にならないし習慣づ
くこともありません。
 これが普通でプロを目指すのなら当たり
前だと、そう割り切れる環境も必要なので
す。「嫌なら俺をマークするな」と言えばい
い。
 だから私は日本でサッカー選手を夢見る
諸君には、たとえトレセンに選抜されていな
かったり強豪チームのレギュラーでなかっ
たりする人でも、もしも本気なら海外に行っ
て欲しいと思っています。
 海外のサッカーは確かに厳しい。ボール
を持つとやられます。吹っ飛ばされます。だ
からお互い様です。フィジカルコンタクトもテ
クニックも生半可では通用しません。こうい
う環境で身につける技術こそが本物なので
す。
 
 この原稿を書いている間にU-17は決勝ト
ーナメントに入り、アルゼンチンはホンジュ
ラスと試合をしました。
 結果はCKの二発でアルゼンチンが勝ち
ましたが、やはりホンジュラスも腕が全く使
えておらず一対一の局面では歯が立ちませ
んでした。
 皆さんも是非足元ばかりでなく腕にも注目
して下さい。



no63 (腕特集) サッカーの全ての要素を引き出すゲーム「ムンディアリート」
 2007,9,8

 [ドリブルが得意とは。]
 
 今回は腕の使い方の特集でアルゼンチン
レポートの動画とMoちゃんの動画で映像を
流すと共に、このレポートと質問コーナーで
も腕の使い方について取り上げています。
 前回のレポートでも書いたとおり、腕を使
えばそれでいいわけではありません。まず
はボールコントロールに縛られないこと、真
剣勝負の中でもボールを見ないで思い通り
に動かせなければ腕を使っても突破できな
いでしょう。
 逆にボールコントロールに縛られないレベ
ルまで来たら駆け引きやフェイントなどは不
要な場合があります。特にDF側に間合いを
詰められると小手先の技術が通用しなくな
るので、その状況でも強引に抜き去るため
には腕を使うのが最も有効でしょう。そして
慣れれば自ら間合いを詰めても強引に抜け
ます。こうなるとDF一人なら怖くなくなるので
ドンドン仕掛けていけると思います。遊び心
で色々できるのもそこからです。
 私がドリブラーを育てるためのパス禁止の
育成法に疑問があるのはこの部分です。
「子供の頃のチームがそういう方針だったか
ら僕はドリブルが得意だ」って言うドリブラー
は日本にしかいないんじゃないかと思いま
す。そしてその日本のドリブラーに世界中か
らオファーがあるかといえば決してそうでは
ない。だったらその程度の「ドリブルが得意」
って何だろうかと、期待の選手が海外で結
果を出せずに戻るたびに疑問に思うのは私
だけではないはずです。
 では、例えばアルゼンチンではマラドーナ
二世と呼ばれるドリブラーが次々に輩出さ
れていますが、彼らはどんな育成時期を過
ごしたのかといえば特別なことは何もありま
せん。フェイントの一つも教わらず、コーン
やグリッドを使ったドリブルの練習をやり込
むこともなく、対人突破の状況設定もせず、
本当に何も教わらないのです。
 彼らはチームではチームプレイの指導を
受け、個人の技術は自分だけ、しかも遊び
ながら身につけていきます。念を押しますが
一人で練習することもありません。全て自然
に身につけていきます。
 ここが謎なのです。どうやって遊びながら
自然に技術を磨くのか…。実のところ私にも
わかりませんでした。自分では練習しないと
言うしコーチは何も教えないし、そのワリに
は誰でもサッカーに慣ていてやたら接触に
強い(怖がらないし怪我をしない)。しかもブ
エノスアイレスは人口が密集して外で遊ぶ
場所もない。日本ではその答えをストリート
サッカーに求めているけれど、肝心のストリ
ートサッカーが存在しないのですから。
 でも、息子・ジョシはどうやってマラドーナ
二世が育つのかを知っていました。それは
やはり遊びの中で…。子供達は日本の小学
校にある体育館ほどの広さしかない学校の
校庭や自分が所属しているクラブのコート
で、サッカーをするというかボールに群がっ
て遊んでいるのですが、この“ボールに群が
る遊び”が実はとても意味があるものだった
のです。まさに灯台下暗し。謎の答えはいつ
もすぐ傍にあったのです。
 
 
 [その名は“小さな世界”。]
 
 このボールに群がる遊びにはキチンとした
ルールがあり、しかも!、大変理に叶った育
成メソッドでもありました。その名はムンディ
アリート。名前の由来は誰も知りませんが、
直訳すれば小さな世界。まさに世界を獲る
遊びです。
 ルールはバスケットの3on3に似ていま
す。これに団子サッカーの要素を混ぜたも
のでしょうか。ゴールを奪った者が抜けるの
でだんだん人数が減っていき、最後の一人
になるまで続けるのです。
 まずはフットサルのハーフコート(多くの場
合はバレボールサイズ)を使ってGKも立てま
す(GKが審判を兼ねるのですが、そこにも意
味があります。ちなみにファールとボールア
ウトはGKのパントキックからリスタート)。参
加人数はだいたい5人〜10人ぐらいですが
チーム分けは必要ありません。もちろんボ
ールは一つで、当然このボールを奪い合い
ます。ボールを奪ったらボール保持者以外
は全員敵で、この敵を全員抜いてゴールを
決めるのです。
 ただしゴール前で奪ったボールをすぐさま
シュートするのでは簡単なので、ボールを奪
ったら一旦ハーフラインまで戻ってゲームを
リセットしてからでないとシュートが撃てませ
ん。ゲームをリセットするためにハーフライ
ンまで戻る間にも敵は遠慮なく襲いかかりま
す。とにかく自らボールを持たなければ攻め
られないのですから、DFはいつまでもどこま
でも付け狙います。
 ゲームのスタートはGKからのパントキッ
ク。できるだけ遠くに蹴らないとすぐにボー
ルが戻ってきます。ゴールを狙えるのはハ
ーフラインからボールを保持し続けた者だけ
なので、基本的な攻防はハーフラインの向
こうです。
 何だかこのルールだとパスなしポジション
なしの団子サッカーに似ていますが、ルール
が似ていても実際のプレイのやり方が違い
ます。
 敵も味方も群がってボールを突っつき合う
団子サッカーとは違い、綺麗にボールを奪
わないとマイボールにできないのでボールホ
ルダーと正対する人数は二人ぐらい、他の
人間はルーズボールを狙ったり退路を断つ
ポジションを取ります。なのでボールに群が
るといっても団子よりはプレッシングに似た
形になります。 
 しかもそのプレッシングが厚いこと。普段
やるフットサルならフィールダーが四人で実
際にボールを奪いに来るのは三人までです
が、ムンディアリートで対峙する敵は軽く倍、
さらにコートは半分なのでどこでも敵だら
け。
 そんな中でもボールを奪ってからの得点
パターンは主に三つあります。一番多いの
がDFが薄いコースをトップスピードで突破し
てゴールに迫るパターン。ハーフコートをほ
ぼ全力で突っ走るので単独カウンターの形
になります。次がある程度人数が減ると多く
なるプレイですが、ハーフラインを越えたら
すぐにロングシュートを狙うパターン。キック
力がないと狙えませんが、シュートは撃てる
時に撃つというセオリーが体現されていま
す。豪快にゴールに突き刺さるよりも誰かに
当たってコースが変わることが多いので、意
外に成功率が高いのです。最後は相当な実
力者ではないとできないのですが、本当に
全員抜いてゴールに近づいていくパターンで
す。
 
 
 [だから腕を使う。]
 
 ゴールを決めた人間が抜けていくルール
なので実力上位者がさっさといなくなるはず
ですが、上手いヤツはそんな無粋なことをし
ません。自分が参加しないで他人がやって
いるところを眺めていても面白くないので
す。そういう時は納得いくシュートで勝ち抜け
を狙います。ゴール前まで来てもGKを抜い
てからでないとシュートしなかったりループを
狙ったりと凝ったことをするので、一番最初
に抜けるヤツが必ずしも一番上手いわけで
はないのです。
 チャンスと見るやさっさと決めてしまうのも
間違いではありません。最後まで負け残る
のは恥さらしです。何故なら最後の二人にな
ると完全なスッポンマークでなかなか決着が
つかなくなり、そこからは見ていてもやって
いても面白くないのです。
 だからこのルールにおける実力上位者の
美学は、最後の三人なった時に勝ち抜ける
ことです。皆それをわきまえて実力者ばかり
がワザと負け残っていたりするので、尚さら
三人目の時に勝ち抜けるのがカッコイイわ
けです。
 さてこのムンディアリート、ジャッジはGKが
やります。普通ファールをするのはDF側な
のですが、ボールを持っていなければGKの
味方なので当然DF寄りのワンサイドジャッジ
になります。つまりほとんどノーファールで
す。さらに基本的な攻防はハーフラインの向
こうでGKからは一番遠く、またボールの近く
に密集するので細かいところはほとんど見
えません。
 こういう場合のジャッジとは、ルール上の
ジャッジではなく行き過ぎたラフプレイを咎
めるためのモラル上のジャッジです。だから
簡単にいうとノーファールでやりたい放題で
す。 
 ノーファールでは囲まれて間合いを詰めら
ると必ずボールを失うわけで、もちろんこう
なったらフェイントは通用しません。
 さあ、どうしますか?。
 腕で間合いを確保するしかありません。つ
まりこのルールにおける実力上位者、全員
を抜いてゴールに迫り、狙って三人目の男
になるヤツ。こういう芸当が出来るのは腕の
使い方を心得ているからです。
 ジョシは自然に腕の使い方を覚えたので
はないのですが、腕を使いだしたらこのルー
ルで遊ぶことも、腕を使って突破していくこと
にも病みつきになったといいます。
 まず密集でボールを突っつかれないように
左右の腕を広げて一人づつ抑えつけて間合
いを広げ、抜け出すコースをつくったらすか
さず背中を滑り込ませて突破。うまくスピード
に乗れても次の敵が競りかけてくるのでそ
れも腕で突き放し、コースを塞ぐ敵をフェイ
ントで抜いたら追走されないようにすれ違い
ざまに腕でプッシュ。最後にシュートモーショ
ンを狙って飛びこんで来る敵も腕で止める
のです。
 これを全て接触なしでやるのは不可能でし
ょう。だから自信のない子はこぼれ球を拾っ
ては密集を避けて逃げるようにドリブルして
いきます。たいていはどこかで捕まります
が、ボールを止めるとやられるのでコレしか
ないのです。コレを狙っているようでは三人
目の男にはなれません。
 
 
 [大人になるまで続ける。]
 
 さすがに大人はこんなルールで遊びませ
んが、高校生ぐらいまでは当たり前にやって
います。そして腕に覚えのない子(実力のこ
とです)はこのルールではやりたがりませ
ん。普通にチーム分けをするサッカーなら好
きなのですが、ボールを持ってから仕掛ける
技量のない子は尻込みしてしまいます。
 実際ジョシは学校ではほとんどやったこと
がなく、コベルの練習日に早く行ったり試合
の後で遊ぶようになってからこのルールを
覚えたのだそうです。
 少し大袈裟ですが、これは腕に覚えがあ
る連中(こっちは実力と腕の使い方)が本気
でやり合える相手を選んでやる遊びです。
 ムンディアリートをやり込むと囲まれるの
に慣れ、カウンターやシュートチャンスを逃さ
なくなるうえにDFでも人任せにしなくなりま
す。
 アルゼンチンの子供達が接触に強かった
りボールを持つと一人でやろうとするのもこ
の遊び方なら理解できます。
 そしてもう一つ、ムンディアリートをやって
いると時々「パスしてェな」と思うのだそうで
す。
 突破が無理な時にそう思うのは当然です
が、ドリブルしていても「今ワンツーできた
ら」とか、「走りこんでいるヤツがいたら」とい
う具合にイメージが湧いてくるといいます。
 それが普通のゲームでどうなるのかという
と「一人や二人なら抜いちまおう」と、とても
アルゼンチン人らしい思考パターンが育ま
れてもいるのですが、イメージどおりに味方
がポジショニングしていると思わずパスを出
すのだそうです。
 逆に味方のポジションが悪いと囲まれても
出したくなくなるらしいのですが。
 そんなアルゼンチン小僧達がアレンジした
パス有りのムンディアリートが「ムンディアリ
ート パレホ(ダブルス)」です。
 あらかじめパートナーを決めてどちらかが
ボールを取ったらパス交換を絡めて攻める
というルールなのですが、パートナーの力量
に左右されるうえに勝ち抜けが二人になっ
て一気に人数が減るのであまり面白くない
そうです。
 だからこうすると面白くなるでしょう。
 パートナーは攻撃専門のフリーマンとし
て、守備には関わらずに常にパスを受ける
準備をする。
 攻撃は常に二人ですが、ゴール後に抜け
るのは攻撃側でゴールを奪えなかった一人
だけ。
 ゴールした方は次のゲームではフリーマ
ン。
 フリーマンで残り続けることがステイタスで
す。このルールだとフリーマンは常にパスカ
ットを狙われてマークされますし、プレイに関
与できずに味方が点を取ると次のゲームか
ら外されてしまいます。
 マークを振り解いてパスを呼び込み、さら
にトラップミスしないというドリブルだけでは
培われない大切なオフェンススキルが求め
られるでしょう。
 攻撃側の二人がが競ってゴールを挙げよ
うとするのでスピード感が増します。
 フリーマンでない攻撃側はマークが減って
少しやりやすくなりますが、ボールを持つ限
りは囲まれ続けるので依然として簡単では
ありません。
 他にも色々なアレンジができそうですが、
遊びながら色々な事が覚えられるのが何よ
りの魅力です。
 こうやって自然にベースが出来てくるのな
らまともなサッカーをする時は色々教えられ
ます。だからなのでしょう、コーチが教える時
は技術指導をしないのです。
 日本の団子サッカーと違う点は、ムンディ
アリートはあくまで擬似サッカーの遊びであ
り、サッカーの試合では何の制約もなくサッ
カーをするのです。
 また日本の団子サッカーはあくまで低年齢
時における過渡期の育成法と割り切ってそ
の後は二度とやりませんが、ムンディアリー
トは青年期に至るまでずっと続けていきま
す。
 団子サッカーで鍛えられる要素は無視で
きませんが、それを大人になるまで飽きず
に続けられるのなら絶大な効果が望めるか
もしれません。
 このアルゼンチン流育成術。アルゼンチン
では子供達が勝手にやっていることです
が、これならばストリートサッカーをしなくても
練習で鍛えられるとは思いませんか?。
 



(腕特集 質問への回答) no64 腕の使い方の法則性。
 2007,9,16

 質問ですがアルゼンチンからのレポートか
らもあるように手の使い方にも何らかの法則
的なものがあるのではないかと感じていま
す。
 当然体を入れる際に手を使うといった一般
的な指導はしておりますが相手を押さえるた
めに有効な手の使い方、手を使ってマーク
相手を崩す方法など何かあれば是非お知ら
せいただきたいと思います。


 〜モーゼさんからの回答〜

腕の使い方の法則性。
 まずは肘を伸ばす。これは絶対です。腕力
でやってはいけないのです。腕の力を使うと
肘が支点になり、相手を動かそうとする作用
と同じだけの反作用が自分に返ってきます。
ボールを持つ側は踏ん張りが利かないので
不利です。
 特に子供は腕力がないのでここは重要で
す。使うのは腕力ではなく自分の体重です。
基本的に腕は槍かつっかえ棒のようなイメー
ジで、ショルダータックルをするつもりで伸ば
しっぱなしの腕をを使って身体で相手を押し
ます。
 相手との接点は掌の下、格闘技では掌底
と呼びますが、掌底を横向き(親指が下、小
指を上)にして、剣道で竹刀を打ち込むような
感覚で伸ばした腕と同側の足を踏み込みな
がら相手を押すわけです。
 こうすると相手との間合いを一気に詰めら
れますし、体重を乗せた衝撃を与えられま
す。
 この基本動作をボールキープ時にやる場
合は以下のようになります。
 例えば 右サイドライン際をドリブル中に前
方からゴールを背にしたDFが迫り、間合い
がゼロになってフィールドの中央に背を向け
ながらキープするとします。
 この時に左腕を伸ばして同側の左足でボ
ールをステップオーバーして踏み込み、同時
に相手のライン側の肩、つまり左肩をヒットし
ます。
 ヒットした勢いのまま掌をずらして相手の左
肩の外側に腕を抜き、そのまま左腕と背中
を一直線にすると相手に背中を向けながら
横に身体を入れることができます。同時に右
足裏でボールをコントロールしてライン際を
進めていくと背中で相手を抑えながら抜き去
れるのです。
 相手の左肩をヒットしたのは相手の左方
向・つまりライン側への移動を防いで進行方
向を塞がせないためです。仮にヒットできなく
てもそれは結果オーライで、伸ばした腕が相
手の背後に抜けてしまえば、そのまま踏み
込みの勢いで背中まで移動します。
 つまり腕を槍のイメージで進路を切り開く
のと同時に、背中と一体にして壁をつくりな
がらすり抜けるわけです。伸ばした腕でヒット
してもファールを取られませんし、肩は身体
の末端部分なので衝撃は受け流されます。
 この抜き方はサネッティやリケルメが得意
にしています。
 その他のケースでも基本動作は同じです。
 例えばドリブル中に横から競りかけられた
場合、腕を伸ばして相手との間合いを確保
すると共に、踏み込みながら押すのです。こ
の時は相手を押しのけるのではなく、相手を
押した反動で自分がボールごと離れるので
す。この反動によって相手は動けなくなりま
す。
 また、踏み込む余裕がなくても肘を伸ばし
て掌底で接触するだけで最低限の間合いを
確保できますし、特にフェイントですり抜ける
瞬間等に相手を少し押すだけでも、すれ違
い際に足を出されたり掴まれたりしなくなりま
すし、こうすれば突破をより確実にしたり追
走を遅らせたりできます。もちろんその時も
肘を曲げずに伸ばしている方が力が強くなり
ます。
 伸ばした腕に相手がチャージしてくる場合
がありますが、そこで踏ん張るとバランスを
崩します。まず伸ばしている腕を曲げて衝撃
を逃がすこと。加えてその時ボールをキープ
していれば反動を利用して身体を反転させ
て背中を向けます。
 ボールをキープする前、特にトラップ際など
は相手の力を利用します。つまりここでも踏
ん張らず、今度は相手を押さずに引っ張って
力を受け流します。理想はトラップ際を襲わ
れないように直前に自ら体当たりをしておく
のですが、それは腕を使わないので別の機
会にお伝えします。
 伸ばしている腕を引っ張られる場合もあり
ます。この時腕を引き抜こうとしても無駄で
す。引っ張られたら踏み込んで逆に相手を
押します。普通はそこでバランスを崩すので
手を離してくれますが、場合によっては倒れ
まいと腕にすがり付いてきます。もうそうなっ
ては仕方がありません、一緒に倒れることに
なりますが、ボールキープ時ならたいていフ
ァールになるでしょう。
 ワザと倒れても実際に引っ張られているの
でシミュレーションにはなりません。だからこ
こはプレイを止めてフリーキックにする方が
得策なので、押しても手を離さなければ倒れ
た方がいいと思います。
 DF側が腕を使う場合、特に相手のドリブル
と並走する時はやはり腕を槍のイメージで踏
み込みながら相手の前に突っ込み、踏み込
みの勢いのまま背中を滑らせます。
 しかし腕は基本的に相手との間合いを広
げるために使うので、DF時はあまり使わな
いと思います。
 DF時は逆に相手の腕に触れないようにシ
ョルダーチャージをするのが有効でしょう。ボ
ールを取うとせずに相手の動きを止めること
を目的にすれば間合いを詰められます。腕
を使うのは間合いを詰めた後、相手とボー
ルの間に入るために攻撃時と同じように槍と
して使います。
 相手を押しても踏ん張られることがありま
す。たいていはそうなのですが、その時は相
手が自分に向けて力を入れているわけです
から引っぱれば相手をボールから引き離せ
ます。こういう駆け引きは押してみればわか
りますし、慣れてくれば相手の体勢から判断
して一発で攻略できると思います。
 ケースバイケースで試行錯誤して効果的な
腕の使い方を積み上げていくしかないので
すが、普遍的な部分は「肘を伸ばす」。「腕と
背中を一体にする」。「同側の足で踏み込
む」。「押されたら引く、引かれたら押す」。と
いったところでしょう。
 腕を使うという点では今時皆実践していま
すが、ほとんどは肘を張って前腕で相手と接
触しています。それでは間合いが不十分で
すし、腕力で抑えようとしても自分の身体の
前に相手が出てきてしまいます。
 肘を伸ばして掌底で接触する場合、前腕
が伸びる分相手との間合いを広げながら
も、間接を曲げていないので自分の体重を
そのまま相手に伝えることができます。
 伸ばした腕を背中と一体にすれば腕をキッ
カケにして相手を背中で抑えられます。
 さらにこの掌底→腕→背中と続けて接点を
変えるために必要なのが同側の足の踏み込
みです。同側ということは二軸動作でもあり
ます。ナンバと同じで体重を推進力に変える
ので掌底から一気に背中まで移動できるの
です。 
 理屈は大人側が理解していればいいの
で、子供達には「肘を伸ばせ」とだけ伝えてく
ださい。実際の話、私も息子には「肘を伸ば
せ」と言ったのとサネッティの抜き方を教えた
だけで、他の部分はケースバイケースで一
緒に試行錯誤してきましたし、教えていない
こともどんどんやっています。
 ベースが出来ればあとは自然にアレンジし
ていくもので、それが個性や武器になると思
います。
 




no65 日本人S君とコート外の世界
 2007,9,16


[草野球なら商店街チームレベル。]
 
 息子・ジョシがコベル以外で参加している
日系人フットサルチーム“キャピタル”。今回
はこのチームに三ヶ月のスポット参戦してい
る日本人青年の話題から。
 アルゼンチンにおけるほとんどのアマチュ
アフットサルチームは対外試合をせずに、
所属するコートのチーム同士で毎週末に総
当りのリーグ戦を行なっています。要するに
プロ志向抜きで余暇を楽しむ完全なアマチ
ュアプレイヤー達で、日本の草野球でいえ
ば商店街のオジサンチームと同じことです
(コートのオフィシャルチームは小さなスポン
サーを持つセミプロですが)。
 なかでもキャピタルは平均年齢が軽く 40
歳を越える正真正銘のオジサンチームなう
えに正規のメンバーが何かと理由をつけて
集まらず、原因ははそれだけではないので
すが試合をするたびに点を取られまくって負
け続けている最弱チームです。
 大人とサッカーをする場合は通常十代後
半にならなければ実力体力共に相手になら
ないといわれていますが、 14歳のジョシが
特別に混ぜてもらえているのはそういった理
由です(実際人数合わせで連れて来られた 
15歳の非日系アルゼンチン人の少年はコー
トまで来ても本人が「無理だ」と言い出して試
合に出ませんでした)。
 
 
 [準プロ級フットサル選手の日本人。]
 
 さて、かれこれ二月ほど前からこの日系人
コートに日本人プレイヤーが現れました。「リ
フレッシュしに来ました」という彼はまだ 21
歳で、ウォーミングアップを見る限り足元の
技術はかなりのものです。
 後日聞いたところ日本ではブラジル人集
住地帯にあるフットサルチームに所属してい
たそうで、曰く「アルゼンチン人はクラブチー
ムの選手は巧いけれどそれ以外は大したこ
とがない。世界にフットサルを広めたのはブ
ラジル人だし、やっぱり技術はブラジル人の
方が上。そんなブラジル人達と一緒にやっ
ているウチのチームの日本人選手もアルゼ
ンチン人より上」だそうです。
 まぁ彼が比較しているアルゼンチン人は商
店街の草野球チームと同レベルなので、日
本で彼がやっていたレベルと比べるのは無
理がありますし、またアルゼンチンに来て数
ヶ月の彼にはそのあたりの事情が飲み込め
ていないのかもしれません。
 私は彼がいたチームを知っています。か
つて全日本を制したことがあるし、日本代表
選手も輩出しています。現在はFリーグには
参戦していませんが所属選手の何人かは
移籍してプロになっていますし、最近でもP.
S.T.C.ロンドリーナ(現湘南ベルマーレ、Fリ
ーグに参戦している。かつてジョシもフットサ
ルスクールに通っていた)に勝って大会で優
勝しているので、少なくともチームの環境は
依然国内トップクラスでしょう。
 ところが試合になってみるとその技術は全
く発揮されませんでした(今週の動画[日本
人と日系人]参照)。ただキャピタルの試合
は私が便宜上フットサルと呼んでいるだけで
実態は“カンチャ・デ・フットボル”と呼ばれ
る、アルゼンチンにおける伝統的な擬似サ
ッカー競技でルールはよりサッカーに近く、
ノーチャージのフットサルと比べると厳密に
はかなりルールが違います。 
 ですが日本での彼の環境を考えると、一
人でやれてしまうかと思っていた分逆に驚き
ました。 

 [コートの外の世界。]
 
 海外に移籍した日本人のプロ選手がいう
「日本人の方が上手い」とはこういう部分な
のでしょう。それなら鳴り物入りで移籍してす
ぐにチームの中心になれそうなものなのに、
実際はほとんどの選手が短い期間で戻って
きてしまう。結局のところノープレッシャーで
ボールを扱う技術が高くても、相手がいて、
しかも強引にボールを奪いに来られると太
刀打ちできる術がないというのが潜在的な
欠点なのだと思います。
 特に代表の国際試合でいつも歯痒く感じ
るのはまさにここです。彼はこの部分にも実
体験を通して言及しています。
 これは彼の言い訳じゃなくて事前に“日本
と南米の違い”というテーマで話を聞いた部
分なのですが、「ブラジル人は練習でも巧い
し試合に出るともっと巧い。日本人でも技術
的にはブラジル人と遜色のない選手がいる
し、なかには試合でも活躍するけれどだい
たい練習の時よりも良い動きをする選手は
少ない」。
 この違いは、「例えば練習や試合でブラジ
ル人が反則まがいにガンガンやってもプレ
イが止まると『Nada.Nada.(英語でいう 
Nothing.何でもないよの意)』と言って握手で
済ませるけれど、日本人同士だとそうはい
かない」。「仕事でも遊びでもブラジル人は
割り切っているから私生活には持ち込まな
いけれど、日本人だとコート外の人間関係
に影響する。コレが習慣的に無意識のブレ
ーキになるので、割り切っているつもりでもう
まくいかない」。 
 日常的に異国文化と触れ合っていただけ
あってこういう部分をいの一番に挙げるの
はさすがです。サッカーに限らず日本と外国
の違いはこういう部分でもあり、逆にいえば
あらゆる場面で気を使おうとするところも日
本文化の美徳なのですが、ここに限っては
マイナスに働いています。
 クラブチームやサッカーの強豪校などでは
“グラウンドでは呼び捨て”が常識になって
いるといいますが、なにぶん武道にも通じる
“礼に始まって礼に終わる”という習慣があ
らゆる競技に浸透しているので、名前の呼
び方以外でも一切私情を挟まずに“敵は敵
である”と割り切っていくのは今のところ難し
い取り組みといえるでしょう。
 
 
 [怖い先輩には難しい。]
 
 成人した大人同士なら理性で割り切ること
もできますが、日本で子供の頃からそういう
習慣をつくるのは特に難しそうです。まず男
の子は子供同士で歴然とした力関係があ
り、例えば喧嘩が強い昔風でいうガキ大将
は今でも子供同士で一目置かれています。
 上がいれば下もいて、いじめられやすい子
は今も昔もビクビクしているものです。最近
の子供は大人の前ではそういう素振りを見
せませんが、チームで一番強い子に対して
チームで一番弱い子を「容赦なくボールを奪
え」と指導しても、「後が怖い」と萎縮してしま
うのは時代が変わっても変わらない部分だ
と思います。またそういう自覚がなくても相
手を選ぶのは自然にやっていることです。
 いじめは目立たくなっただけで日本の少年
達の世界では当たり前に存在し続けてお
り、当事者同士ではいじめるのが格好悪い
のではなくいじめられるのが格好悪く、実際
はいじめられる側が目をつけられないように
気を使っています。
 それが学年の枠を取り払って上級生と一
緒になれば尚更です。いじめる側が聞き分
けが良くて性格が優しければいじめなんてし
ません。フィールドでは名前を呼び捨てにで
きても怖い相手は依然として怖いのです。
 例えばプロレスラーの蝶野選手はサッカー
をしていたらしく、東京スタジアムの?落とし
でゲスト解説していました。その時自ら語っ
たエピソードによると、当時は不良の巨漢
DFで試合になると相手のFWに脅しをかけて
いたそうです。蝶野選手のような人は滅多
にいませんが、そんな先輩を相手に思いっ
きりぶつかるなんて、特に少し気が弱い後
輩には無理でしょう。
 同級生であっても双方がプレイ中のチャー
ジングは当然と受け止めなければ難しい。
「敵にするのは嫌だけど味方になると頼もし
い」。せめてこう考えると受け入れやすくなる
と思いますが…。
 海外の少年達の間にも当然いじめはあり
ますが、特にキリスト教文化圏では紳士であ
ることを強く求められながら育つので集団化
しにくく、実生活の中では日本ほど大きな問
題にはなりません。この辺りが行き過ぎたプ
レイにも「何でもないよ」と言える部分に繋が
っています。
 そういえば私が通っていた中学は全員が
部活動に参加する校則だったのですが、入
学から卒業まで一つの部に専念する生徒は
半分くらいで、途中で部を辞めて他の部に
入ったり、放課後はさっさと帰ってしまう非公
認の帰宅部が少なからずいました。当時の
担任によると一度入った部を辞めたり参加
しなくなる理由は、ほとんど人間関係が原因
なのだそうです。
 ヤフーの掲示板でもスポーツ少年団内に
おける子供同士・親同士の人間関係に悩ん
でいる方がたくさんいらっしゃいます。こうい
った問題は根が深いのかもしれません。
 
 
 [プロ志向かレクレーションか。]
 
 前出のS君のように日本文化にない環境
に慣れ、様々な問題点を自覚していても結
局プレイに反映させることができないようで
す。実際サッカー留学でアルゼンチンに来
れば容赦無用なのは誰でも肌でわかるので
すが、そのプレイに順応するのがまた難し
いのでしょう。
 だからこそ少年期においてもスポーツをど
う捉えていくのかがとても重要だといえま
す。
 南米の中でとりわけ激しいアルゼンチンサ
ッカーでも、クラブチームではない学校単位
で活動しているチームではそれほど激しい
チャージをしていないようです。昨年当地の
高校生による全国大会の決勝戦をTV中継
で観ましたが、アルゼンチン代表やアルゼ
ンチンリーグで見られるタフな試合ではなく、
非常に緩い展開でガッカリしました。プロ志
向かレクレーションかという捉え方の違い
で、国技ともいえるサッカーがこれほどまで
に形を変えるものかと考えさせられました。
 コベルの父兄も「学校のチームよりコベル
の方が本格的」と言っていました。ジョシも学
校のチームに入った時にあまりにも緩くてそ
の後は練習に行かなくなった経緯があり、
サッカー人気が高くてスポーツ文化として成
熟しているからといって誰も彼もがトップアス
リートの疑似体験のつもりでプレイするわけ
ではないようです。
 ジョシが日系人のオジサン達と試合に出る
までにも似たようないきさつがありました。当
初フットサルコートのリーグ戦がオフだった
のでシーズンが始まるまでの数ヶ月待つよう
に言われたのですが、コートを運営している
以上誰かしら練習をしているはずなので「大
人なら誰でもいいから混ぜて欲しい」と頼ん
だところ、「レクレーションで集まっている人
達はいるけれど、君がプロ志向で本格的に
やりたいのなら彼等に混ざるべきじゃない」
と言われたのです。
 
 [荒っぽさと強さ。]
 
 結局今混ざっているリーグ戦もアマチュア
の草試合でしかないのですが、競技志向か
レクレーションかという住み分けは明確で、
プロの試合に近い激しさが何所でも出来る
わけではないようです。  
 先週紹介した“ムンディアリート”という遊び
もジョシの日系人学校ではほとんどやらない
そうです。実際の遊びでは何人に囲まれて
も自力で抜ききらなければならないので、そ
ういった力量が備わっていなければ面白い
はずがありません。ボールを扱う技術に加
えて身体を使った激しいプレイが不可欠な
ので、普通にサッカーが好きな子には“そこ
までしたくない”という気持ちが働くのでしょ
う。
 ジョシ自身も今の学校に入ったばかりの
頃、休み時間にサッカーをしていた時に「お
前は上手くなんかない、ただ荒っぽいだけ
だ」と言われそうで、その荒っぽさがコベル
のコーチには「強い選手」と評されているの
です。だからジョシのクラスでジョシを上手い
選手だと思っている生徒は「わかっているヤ
ツだけ」だといいます。
 プロを頂点とする日本のサッカーも荒っぽ
さを強さに変換することが求められているよ
うに思います。今や日本にもプロを目指す
高いモチベーションを持つ少年達がたくさん
います。まずは彼等とその周りの大人達が
高い志を持ち続けることが第一歩になるの
ではないでしょうか。 



no66 [日系人とジョシ。]
[日系人とジョシ。]
 
 先週の動画[日系人と日本人。]に登場し
たロン毛の日系人青年のチームとジョシの
“キャピタル”が試合をした時の映像です。
 今回は技術云々を取り上げたのではなく、
お伝えしたかったのはロン毛の青年は特別
な選手ではないということです。
 キャピタルは飛び抜けて平均年齢が高くほ
とんどが日系二世なのに対して、対戦相手
の若者達は日系三世がほとんどです。ジョ
シがキャピタルにいるのは二世達が日本語
を話せる点もあり、三世になるとほとんど日
本語がわからず、見た目以外では完全にア
ルゼンチンに同化しています。
 ハポネスが日本人を指すと共に“ヘタクソ”
という意味なのは日本でもかなり知られてい
ますが、それは日系一世二世の世代で言わ
れていたことで、三世達ではこのレッテルが
完全に剥がされています。なので日系かどう
かに関わらず平均的なアルゼンチンのアマ
チュアプレイヤーはこんな感じだと思ってくだ
さい。
 映像で体当たりしているのがジョシです。
既に激しさに順応できていることが伺えると
思います。
 この当時はまだ腕の使い方や腰の落とし
方が徹底できてないのでイマイチですし、味
方のドリブルと並走する時も本気でスピード
を上げていないのでパスを出してもらえなか
ったのですが、この辺りも最近はだいぶ良く
なっています。
 この環境でも遜色なくプレイできるようにな
った時、もう私の手を離れる時期なのかもし
れません。とりあえず今はまだ目覚しい活躍
をしている映像が撮れていないので、それを
皆さんにご覧に入れるまでにはもう少しかか
りそうです。
 ところでサッカー留学を斡旋している知人
にS君の話をしたところ、「日本人はみんな
そうだよ。練習ではマラドーナなようなドリブ
ルができても、当り慣れてないから相手がい
るとダメなんだよね。上手いんそれだけじゃ
海外では通用しないよね」とのことでした。
 この話を読んでも悲観しないでいただきた
い。少なくとも日本人選手は既にヘタクソで
はなく、技術的にはむしろ上手いのです。足
りない部分、課題は見えています。
  



no67  主力は前線で使え。
 2007,9,23
 

[下がってボールを扱えば楽。]
 
 今週はポジションについて考察します。
 ヤフーの掲示板で見かけたのですが、ある
少年サッカーチームにフットサルの日本代表
選手がいるということで、その選手をサッカー
で起用する場合のポジションについて意見を
求めていました。
 大半のアドバイスが後ろ寄りのポジションを
勧める意見だったので驚きました。理由は
「主力を後ろで使う方が安定する」とのことで
した。
 フットサルのフィールダーは四人なので起
用に悩むということは攻撃に絡む選手のは
ずです。日本代表になるほどの実力の持ち
主を、その能力をあえて活かそうとはせずに
チームプレイに徹しさせようというのです。
 確かに少年世代の実力者は攻守でワンラ
ンク上の仕事をするので、後ろで使えばチー
ムの守備力が上がるし攻撃の起点としても
活躍するでしょう。だけれども当人にとっては
どうでしょうか?。ハッキリ言います。点を取
るよりも守ってパスを供給する方が楽です。
 守備を軽視しているつもりはありません。で
もプレッシャーの少ない場所でパスを出すの
は楽なのです。それでは折角の攻撃力が伸
びません。
 また当の選手達もチームメイトが不甲斐な
いと下がりたがります。選手達は単にボール
に触りたいから下がるのですが、下がると途
端に楽になるので味を占めてしまいます。息
子・ジョシもそうでした。学校や遊びのチーム
分けで頼れる味方がいないと下がってしまい
ます。チームの対外試合がないオフシーズン
で長くこういうプレイを続けると明らかに攻撃
のパフォーマンスが落ちるのです。
 常にマンマークが付いている状態で少ない
チャンスボールを素早くシュートに繋げるアタ
ッカーが、試合の中でトータルにボールに触
る機会が少ないのは当然なのですが、加え
てプレイの成功率もあまり確率が高くなくてス
トレスが溜まるものです。この状況で味方か
らチャンスボールが来ないとイライラを抑えら
れなくなるのもわかります。
 こういう観点ではポジションを下げさえすれ
ばパスを受けるのが楽だし、プレッシャーが
減って自由にプレイできます。ボールに多く
触れて自分のパスも通るのでプレイしていて
楽しいのでしょう。仮に味方のシュートが入ら
なくても自分のプレイは完結しているのでそ
れほどイライラしません。
 しかし、技術が最大限に発揮されるのは点
を取ることでそれは全ての競技で共通してお
り、またそれを実現できる技術と能力を持つ
者はそう多くはありません。点を取るために
は最大限の努力と工夫が必要であり、それ
を続けることで技術を高めていけるのです。
 
 
 [主力は前線で使え。] 
 
 必死に守る相手をかわしてゴールを奪うの
は簡単ではありませんし、それが出来る選手
もほんの僅かです。こういう能力を備えてい
る選手が攻撃に専念せずにどうして点が取
れるのか。私はそういう流れが当たり前だと
思うのですが、少年サッカーでは日本でもア
ルゼンチンでも勝ちに拘って失点を恐れるあ
まりに選手起用を誤っているケースが多いよ
うに思います。
 特に日本では特定の選手がゴールを挙げ
るのを嫌う傾向があるようです。それがどうし
ていけないのか私は理解できません。突破で
きてゴールを奪う能力がある者がたくさん点
を取るのは当たり前のことです。いけないの
はチームメイトが特定の選手を頼って自ら状
況判断せずにボールを集めることです。
 そういう選手が守備的な深い位置にいれば
自然にボールが集まって味方が頼るので元
も子もありません。攻撃の形をつくるのが優
先なのかもしれませんが攻撃の形とは前線
にボールを供給することであり、ボールが集
まる選手を前線に置く方が自然に形をつくれ
るはずです。ただ集めるだけでなく有効なボ
ールを供給することに腐心するようになれば
いいので、その役目を中心選手に任せては
チームプレイが成り立ちにくいのではないで
しょうか。
 たぶんこうすると蹴っ飛ばすだけで足の速
い選手が一人でゴールする形が多くなると思
います。でもそれが通用するのは相手が弱
い場合だけで、勝ち上がるにつれこれだけで
は攻撃できなくなります。だったら蹴る精度を
上げたりボールの経由を変える方向に持っ
ていけばいい。ロングボールだけの単調な攻
撃を防ぐ状況設定は練習の場で簡単につく
れるので、そのうえで味方の足を活かす攻撃
法を持てばいいのです。折角ある武器を封
印することはありません。
 前線は前線でどんな相手だろうと楽にはや
っていません。同じ形でゴールできているか
らといって人間同士が向き合って相手を凌駕
していくのが楽なはずはないのです。
 弱い相手からは点を取りまくれば良い。そ
れが出来る相手は戦うべき相手ではないの
です。ただそれをチームの戦術として選手全
員が狙うのか、それとも特定の選手を頼って
いるだけなのかでチームの意識は全く違いま
すし、状況判断や工夫する余地にもまた違い
が現れます。これらの課題を中心選手だけ
に求めるのは勿体ないことです。
 
  [突破力が勿体ない。] 

 実はアルゼンチンの少年サッカーでもコー
チや監督の采配に同じような状況がありま
す。ジョシが所属するチーム・コベルでは、ジ
ョシの世代だと攻撃に突出した選手と守備能
力に長けた選手がそれぞれいてバランスが
取れていますが、他の世代では全体的に守
備のタレントが不足していて選手起用が難し
いようです。やはり若年層の実力者は攻守に
長けている場合が多く、特に試合に出る人数
が少ないフットサルでは守備カだけで選手を
選べない面があります。 
 そこで動画のセバスチャン君(赤ビブス)で
すが、彼は今年 12歳。ご覧のとおりなかなか
の突破力があって楽しみな選手です。昨年ま
で彼の同世代にイーニャ君(動画で何度か紹
介した引き技のキレが良い選手)という二学
年上の実力者とも互角に張り合うバケモノ級
がいたので目立てなかったのですが、年初に
イーニャ君が抜けて以来頭角を現してきまし
た。 
 この映像を撮った当時はリーグ戦開幕直
前で私も「この子は伸びる」と思って期待して
いましたが、リーグ戦が始まってみると身体
が大きいこともあってDFで起用されることに
なり、その後はだんだんとこの映像のような
積極的なプレイを見せなくなりました。 
 元々能力はあるので今でも時折ドリブル突
破を試みることはあるのですが、フィニッシュ
まで半ば強引に持ち込むことがほとんどなく
なってしまったのです。ほんの少し前までは
まるで自らの成長を確信しているかのよう
で、プレイの楽しさを全身で表していました。
私には一年前のジョシの姿と重なり、人間が
成長する瞬間に立ち会っているとすら感じて
いたのですが、その時期が過ぎた今は何とも
勿体ない気持ちです。 
 指導者が何かをすることで選手が思い通り
に成長することはないのかもしれませんが、
その成長を指導者が止めてしまうのは簡単
にできます。今回のレポートを書こうと思った
のもセバスチャン君の姿を見て改めて考えさ
せられたからです。 
 やはり前線で勝負し続けるからこそ技術が
研ぎ澄まされるのであって、総合力が高いか
らと便利に使えば長所が伸びずに魅力がなく
なっていくのです。 

 
 [DFに鍛えられる。]
 
 ジョシの場合は全然事情が違いますが同じ
ことがいえます。ご存知のとおり日本でのジョ
シはヘタレで守備がアテにならないから使い
どころがなく、消去法で一番チームに迷惑が
かからないFWでプレイしていました。もちろん
そんな選手が相手チームに脅威を与えるこ
とはなく、練習試合でたまに点を取りはしても
公式戦では見事にノーゴールでした。
 私自身は草サッカーでスッポンマークのボ
ランチをしていたので、走ってさえいれば何と
かなると思っていたのですがジョシは走りま
せん。根性無しに何を言っても無駄なので諦
めて放っておこうかとも思いましたし、妻はみ
っともないから何度も辞めさせようとしまし
た。しかし本人はサッカーも練習も好きだと
言って引きません。ならばと改めて上達する
ことを目標にして取り組ませていったのです。
 そこで考えたのが折角FWで出ているのだ
から点を取らせてやろう。ゴールの魅力を知
ればもっとボールに執着するだろうと。
 こうしてオフザボールの動きを徹底させ、考
えうるケースでの必要な技術に絞りながら練
習しました。結局のところこれが正解で、常
に前線で最大限の妨害を受けながらゴール
を目指し続けたお陰で技術が伸びていった
わけです。
 普通こういうことは自然にやるものですが、
たまたまジョシにはFWで試合に出られる環
境があり、かつ結果が出なくてもチャレンジし
続けたので遅ればせながら自然に上達する
子達と似たようなプロセスを辿っていけたの
です。
 断っておきますがジョシがかつて所属して
いたチームのコーチ達がこういう効果を狙っ
てFWで起用していたわけではなく、あくまでミ
スのフォローが効くポジションとしてFWだった
のです。
 なのでジョシの他に変わり番こでFWで起用
されていたのも全員初心者であり、当然彼ら
もほとんど結果を出すことなく短い時間で出
場していました。もちろん勝負どころでは全
員出番がありませんし、実際試合に出てもゴ
ールを期待されていたわけではないのでほと
んどパスが来ません。またパスが来たところ
で何か仕掛ける技術があるはずもなく、見た
ところジョシがチームにいた間に上達した子
はいませんでした。父兄としては晒し者を見
ているのと同じです。
 
 
 [強い相手は楽しい。]
 
 ジョシはミソッカスの指定ポジションとしての
FWを逆手にとって成長することができまし
た。このプロセスを経ずしてアルゼンチンに
来ていたら今の姿はありません。しかし本来
ならこの最も難しいポジションにはジョシのよ
うなヘタレはお呼びではありません。点が取
れないFWはみっともないし、フリーでも味方
がパスをくれないのは惨めです。
 この当時ジョシはチームで一番背が高かっ
たのでCKでは必ずニヤポストに立って手を
挙げてヘディングを要求していましたが、県ト
レ選手のキッカーには「お前がボールを要求
しても決められないから絶対出さない」とまで
言われていました。
 実は長身のジョシがニヤに立つと必ずマー
クが集中するので、計らずともそれが囮にな
ってジョシのチームはCKからの得点率が高
かったのですが、ジョシはボールが来ないの
を知りつつもずっとボールを呼び続けていた
のです。我が息子ながら健気で、報われない
小競り合いを続けている姿が哀しくもありまし
た。
 結局前線に立つ選手が能力的に信用され
ていないとこうなるのです。勝ちに拘るという
か、負けないことに拘るあまりこんな形で選
手を起用するケースが多くはないでしょうか。
 私は選手同士が切磋琢磨する環境こそが
最も成長させると信じています。その観点か
らいくと最前線の攻防はどんなレベルだろう
と凌ぎ合いが存在し、そこで培える技術なら
ば自然に選手を伸ばしていけると考えます。
 実のところ手強い相手と向かい合って守備
をするのは結構面白いものです。私自身も
今のジョシのように中南米出身や欧州のサッ
カー小僧達とやり合うために走り回って邪魔
することに専念していました。自分には華麗
なドリブルや巧みなシュートは無理ですが、
そういう技術を難なく繰り出す相手を抑えき
るのは快感でもありました。これを繰り返すこ
とで味方からも信頼されるようになり、またサ
ッカーのあらゆる技術も徐々にですが上達し
ていったものです(目の前で敵が見本を見せ
てくれるので最高の教科書だといえます)。だ
から初心者のジョシにもそれをやらせたかっ
たのですが…。
 GKも味方が圧倒的に攻めている試合より
もシュートが飛んで来る試合の方が楽しいと
いいます。あんまり暇だと味方に「ミスしねぇ
かな」なんて思ったりもします。サッカーのプ
レイの目的はシュートですが、楽しさはそんな
ところにもあるのです。
 日本のサッカーには激しさが足りないと私
は指摘してきましたが、実はそういう要素は
どこにでもあるのに活かせていないところが
問題なのではないでしょうか。
 



no68 ジョシ14才がセミプロのお兄さんに認められた理由
 2007,9,30

  [翼君と岬君。]
 
 最近は私がアルゼンチンに住んでいなくて
も書ける内容ですが、ひとつに試合の出来
不出来を追いかけるのを辞めよう思ってい
ます。
 昨年はずっとベンチスタートで不満を漏ら
していましたが、今年は息子・ジョシのスタメ
ンが完全に定着し、ほとんどの試合で先制
点を挙げてチームも順調に勝ち点を重ねて
います。
 本来はチームの主力に成長して万々歳と
いきたいところですが、実際はただ先発して
いるだけで試合に出る時間はむしろ短くなっ
てしまいました。
 これは昨年と打って変わって選手起用に
偏りがなくなり、ほぼ全員が均等に試合に出
るようになったからです。ジョシの持ち時間
は前半と後半に各5分ほどで正味 10分程
度です。これほど頻繁にメンバーチェンジす
るチームは他にはなく、いくら先発していても
相も変わらず不満が募っています。
 10分にも満たない出場時間では何点も獲
るような独り舞台もお目にかかれず、また一
年経って年上の相手がいない状態では手強
いチームというのも存在せず、私にとっては
書きようがないといった感じです。 
 そもそもジョシが主力に昇格できたのは、
昨年在籍していたホアン君やサル君と競争
して勝ち残ったからではなくて居残っただけ
です。もちろん彼等がいても今なら勝ち残る
ほどの成長を見せてはいますが、昨年まで
はそういったチーム内での競争を繰り広げ
ていた姿が私としても面白かったのですが、
ライバル達が去った今は淡々と試合をこな
しているだけです。
 年初のセレクションに合格して新しいステ
ップに移るはずだったのに辞退する結果と
なり、その後も専念するはずのリーグ戦でも
思うように振舞えず、ある意味目標が霞み
かけていました。
 そんな中でも今の実力に満足することなく
更なる高みを目指していけるのも、アルゼン
チンサッカーの底力があってのことです。チ
ーム内にライバルがいないのなら外の世界
に求めれば良い。年上を相手にしたいのな
らその環境に飛び込めば良い。そうやって
鍛錬を重ねて一つの上のレベルに達したの
が今回の動画です。
 映像でジョシとパス交換しているオバサン
みたいな人はウォルターという青年です。彼
はコベルのオフィシャルチーム“ラ エストレ
ジャ(恒星の意)”所属のセミプロ選手で、普
段はコベルで受付のバイトをしているジョシ
達にとっての兄貴的な存在です。
 この日はコートの予約を入れていたメンバ
ーが揃わなかったので、ジョシと共に飛び入
りの助っ人をしていました。コートのバイトは
毎日のように助っ人をするので、採用の条
件としてそれなりの腕前が問われるようで
す。
 ジョシとウォルター、まるで翼君と岬君みた
いなパス交換です。こうも綺麗に決まるのは
もちろんウォルターのパスが良いからなので
すが、遥か年下のジョシとはいえウォルター
もまたジョシの能力を信用してボールを託し
てくれている面もあり、こうして大人達の助っ
人でジョシが入れるのもウォルターの口添え
があるからです。実は最近までウォルターは
他の大人達にはジョシが 14歳だということを
伏せていました(コベルの練習時間の後だか
ら少し考えれば気付きそうなものですが、皆
知らなくて驚いていました)。
 一年前のジョシは大人相手だとフリーでシ
ュートを撃っても入らなかったのですから、こ
の成長は目を見張るほどのものです。
 
 
 [真似するだけで上達する。] 
 
 しつこいようですが、ジョシの上達はただア
ルゼンチンに来たから成し得たわけではあ
りません。もちろん人間は環境の変化に順
応するために成長するものですが、ただ順
応するだけなら一年や二年では日本で補欠
だった少年がブエノスアイレスチャンピオン
の少年達との力関係を逆転できたり、その
遥か上のレベルの大人達と肩を並べたりで
きるわけがありません。
 私がジョシのサッカーに関わってから6年
ほどになり、これまでもずっとヘタレだったジ
ョシを上達させようとアレコレ知恵を絞り続
けてきましたが、結局コレというものを挙げ
るとなると「リフティング&ジンガ バイブル」と
の出会いに尽きます。
 それ以前の練習は、実際の試合で浮き彫
りになった問題点に対して特殊な状況設定
をした反復練習で補うというものでした。サッ
カーを含めた他のスポーツに限らず何をす
るにしてもそうやって練習するものなので、
つまりこれは普通のことです。
 こうやって細かい状況設定をするとそれな
りには狙い通りの成果があるのですが、
元々サッカーも運動も飲み込みが悪くて下
手だったジョシにはボロに継ぎ接ぎしていく
ようなものでした。
 要するに一つ一つの技術は練習さえすれ
ば身についていくのですが、応用力が足りな
いと全体像に繋がらないので実戦で成果を
挙げるほど上手くなりはしないのです。課題
は次々に見つかってその都度練習メニュー
が増えていき、イタチごっこのようにキリがな
い状態でした。
 それがリフティング&ジンガ バイブルを入
手した時点で練習法がハッキリ変わりまし
た。元々はジンガを技術の一つとして習得し
ようとしていたのですが、そのためにはウェ
ーブを体得しなければならず、つまりはそれ
がサッカーにおける全ての技術を習得する
ことに繋がると気付かされたのです。
 それぞれの技術を習得して応用しながら
繋ぎ合わせていく手順では、反復練習をして
いない技術は咄嗟にできません。しかしウェ
ーブを応用してサッカーをすれば、ほとんど
の技術をほぼ即興で繰り出すこともできる
わけです。実際リフティング王・ケンやMoち
ゃんのデモンストレーションはほとんど思い
ついたことを即興でやっているのだそうで
す。また数々のオリジナル技も思いつきをそ
の場で試して完成させたものばかりだといい
ます。
 これを知ってしまってはもうフェイントの反
復練習など意味がありません。全ての練習
はウェーブの習得とリフティング王.ケンの
摸倣のみ。付録のDVDを何度も止めてスロ
ー再生を繰り返し、上体が揺れるタイミング
やステップを確かめてひたすらジンガステッ
プを繰り返しました。
 これまで如何なるスポーツでもDVDやビデ
オを真似るだけで上達していく手法は不可
能だったと思います。こういう時代になったと
しか言いようがありませんが、実際ただのヘ
タレサッカー少年だったジョシは直接リフティ
ング王・ケン&マッシーやMoちゃんに会った
こともないのに、ひたすら彼等の模倣を繰り
返すことで上達していきました。
 ジョシが今アルゼンチンで自ら苦難を求め
てチャレンジし続けていけるのは技術のベ
ースにウェーブがあるからです。
 
 
 [ウェーブをもっと詳しく。]
 
 サッカーは足でボールを扱うので体重を支
える足とボールを扱う足が別々です。素早く
体重移動をしながら両足で交互にボールを
扱うのは無理があり、普通は同じ足で続け
て体重を支えながら別の足で繰り返しボー
ルを扱う方が楽です。でもそうなるとケンケ
ンをしながらボールを扱うのと同じことで、素
早く動いて接触してもバランスを崩さず、そ
のうえでリズム良く自在にボールを動かすと
いうのもそれはそれで難しいことです。
 体重をかける足、つまりは体重を乗せて踏
み込む足で毎回ボールを扱えれば両足で交
互にリズム良くボールに触れることができま
す。それが二軸動作なのですが、古武術で
広く紹介されているナンバ走法等の二軸動
作は、動きや足運びが素早くなる分重心移
動が急なのでボールを動かす余裕がありま
せん。
 簡単にいえばそこを解消するのがウェーブ
なのです。踏み込む時に傾いている重心を
身体を揺らして押し戻すことで僅かなタメを
つくります。その時間的な余裕と波を伝える
時に生じた脱力が、柔らかいボールタッチと
自在なコントロールに繋がるわけです。
 もっと極端にいえば、片足立ちをする時に
普通はヤジロベエのように手足でバランスを
取りますが、ウェーブを使うと上体を捻って
バランスを取ることになります。この捻りを左
右交互に繰り返すと身体全体が波打ち、ま
た捻りの開放速度を変えることで足を動か
すステップのリズムを自然に変えられるので
す。
 フィギュアスケーターが手足をピンと伸ばし
ながらスピードを出してリンクを旋回できる
のは手足でバランスを取らないからです。も
しもヤジロベエのようにバランスを取ればあ
のような不動の姿勢を保てません。サッカー
も同じで、普通はドリブルの時に手を広げて
バランスを取るようにいわれるのですが、リ
フティング王・ケンやMoちゃんがスーパージ
ンガのデモンストレーションをする時に手を
広げていないのはこういう理屈です。
 さて、このウェーブの動きを手っ取り早く体
感して実践する方法がウェーブリフティング
です。特にワンバウンドのボールを小さく弾
ませながら撞き続けるワンバウンドリフティ
ングは、膝下の脱力を知らず知らず身につ
けられるトレーニングです。この動きに加え
て首を前後させるとバタフライ泳法のドルフ
ィンキックのように首→胸→腰骨→膝と波打
ち、このリズムでボールを撞くとウェーブリフ
ティングが完成します。
 ウェーブリフティングが完成した瞬間こそ
が、あなたがファンタジスタの仲間入りした
瞬間でもあります。
 





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こうやってプロを目指していく